【お知らせ】1/15 転生マーメイド第一話改稿しました
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1追放された聖女

「リリア・エスカーナ。おまえを聖女の役目から解任する」

 肌を刺すような冷たい声音が、王太子の執務室に響いた。

 
 国を守護する役目を担う聖女、リリア・エスカーナは、信じられない思いで椅子に腰掛ける王太子を見た。
 革張りの高価そうな椅子に、踏ん反り返るようにして座っている。

 リリアがいつも見ていた優しく笑う王太子とは、別人のように思えた。

「解任、とは、どういうことでしょうか?」

 うまく状況が飲み込めなかった。
 何を言っているのかとさえ思ったほどだ。

 だってこの国は、聖女を中心に栄えた国だ。

 
「おまえが、本物の聖女ではないことが、わかった」

 一言一言、リリアに言い聞かせるように、王太子は言葉を紡ぐ。
 リリアはそれでもやっぱり、理解できなかった。王太子の気が触れたと言われたほうが、よっぽど納得できる。

「申し訳ございません、殿下。おっしゃる意味がよくわからず……」

 聖女に偽物や本物がいるなんて話は聞いたことがない。

「自分が聖女だと、名乗り出る者がいた」
「どういう、ことでしょうか……」
「今言った通りだ。本物の聖女を見つけた。シルカ・ロール。おまえも知っているだろう?」
「シルカが……?」

 
  シルカ・ロール。

 リリアにとっては、馴染みの深い名前だ。
 シルカはリリアにとって親友と呼べる間柄なのだから。

 
「シルカが、聖女なのですか……?」

 驚きなのか、悲しさなのか、リリアは今の感情をどう表したらいいのかわからなかった。
 ただ、本当にシルカが聖女なのだとしたら、この役目を譲ろうと思った。

 もともと、リリアが望んでなったわけでもないのだ。

「そうだ。聖女選定のとき、おまえとシルカは共にいたそうだな」
「はい、一緒にいました」
「そのとき、魔法陣が地面に浮かび上がった。間違いは?」
「ありません」

 リリアは淡々と答えていく。全部本当のことだった。

 王太子はふぅーと長い息を吐き出すと、射抜くような目でリリアを見た。

「本当に選ばれていたのは、シルカだった。それなのにおまえが、自分が聖女だと名乗りあげたそうだな」
「え……?」
「聖女の証とされる宝玉も、おまえが無理やり奪ったと聞いた」

 リリアはとたんに顔を強ばらせた。

「そんな、あれは確かに私の手元にやってきて……」
「嘘をつくのも大概にしろッ! もともと、変だと思っていたんだ! おまえを見た瞬間からな!」

 リリアはひゅっと息を飲んだ。

「どういう、ことですか……」
「何を企んでいる? 正直に話せ。国の乗っ取りか? 何を命令された?」
「意味が、わかりません」
「嘘をつくなッ!」

 吠えるような怒号に、リリアは身をすくませる。
 何を言われているのか、本当にわからなかった。

「わ、私は何も知りませんっ!」

 悲鳴のような声が口から飛び出た。
 恐怖で指先がカタカタと震えた。いつもは薄いピンクをしている唇も、今は血の気が引いて紫色になっていた。

「埒が明かないな。なら、おまえが本当に聖女だと言うのなら、今すぐここで祝福の力を使ってみせよ」

 リリアは震えながら、左手を首に付けられている宝玉に伸ばし、右手を王太子に向ける。聖女の祝福は、授けられる。

 だが、どれだけ待っても。
 リリアが何度必死に祈っても。

 何も、起こらなかった。
 

 神々しい光が出ることもなければ、あたたかな祝福が授けられることもない。
 リリアは呆然と自分の右手を見つめた。何度か握っては開いて、もう一度試してみる。

 けれどもやっぱり、聖女の祝福は起こらない。

 どうして、どうして、どうして。

 そればかりが頭の中を駆け抜けた。焦ってみても、何も変わらない。
 ふと、王太子と目があった。「やっぱり、そうだっただろう」という目をして、王太子はリリアを見ていた。

 失望したような、はじめから期待していなかったかのような、そんな目をしていた。

「……殿下」

 リリアはくしゃりと美しい顔を歪めて、か細い声で呟く。

 そんなリリアに向かって、王太子が口を開いた。
 綺麗なバラが、目の前で朽ちていくのが楽しいと言いたげに、その唇は醜く歪んでいた。

「おまえには、失望したよ、リリア」

 突きつけられた言葉に、リリアの心の奥がギシリと軋んだ。

 うまく呼吸ができないほど苦しくて、紫の唇からはくはくと空気が抜けていく。

「人を欺くのは、楽しかったか?」

 リリアはハッとして顔を上げた。

「違います! お待ちくださいっ、殿下! 本当に私は、何も……っ」
「黙れ、この嘘つき女が! 聖女の立場を利用し、国民を欺いた罪は重いぞ! 衛兵! すぐにこの女を追放しろ!」
「殿下……!」

 控えていた兵士たちに後ろから羽交い締めにされるリリアへ、王太子は最後の刃を向ける。

「本当なら、おまえは処刑されるはずだった」

 それは、リリアの居場所はこの国のどこにもないと、そう言っているのと同じだった。

「処刑……」

 リリアはどこか人ごとのように呟いた。
 実感がなかった。

 あまり、死に身近でなかったからかもしれない。

 王太子は生気をなくした目をするリリアを鼻で笑って、選別だと言いたげに言葉を投げつける。

「シルカの温情だ。本物の聖女は考え方から違う。シルカに感謝することだな」

 自分を憎悪の目で見る王太子が怖かった。いつも、「頑張ってるな、リリア」とそう言って笑っていた王太子はいない。

 どうして、と、心の中で呟いてみても、当然返事はなかった。
 届かない虚しさをかき集めて、何が悪かったのか考えてみるけれど、何も浮かばない。

「おらっ、さっさと動け!」
「や……!」

 腕を乱暴に引かれて、肩が痛んだ。腕が抜けてしまいそうだ。

 痛みににじむ涙を堪えながら兵士たちを見ると、少しだけ力が緩んだ。それにほっとしながら、リリアはゆっくりと王太子を振り返る。
 目があった瞬間、わずかに眉を揺らし、すぐに連れて行けと顎で扉を示す。

 兵士たちに誘導されるまま、リリアは王太子の部屋を後にした。

 
 衛兵に両脇を固められながら城の中を進んでいると、前方に見慣れた薄い水色の髪が見えた。

 肩の辺りで切りそろえられた、サラサラの髪。「長いの邪魔よね」と笑って、バッサリ髪を整えていた少女。
 普通とは違うことも、ためらいなくやってしまうシルカのことを、リリアはかっこいいと思った。

 奇異な目で見られるシルカに近づき、素直に素敵だと口にするリリアを、シルカは目を丸くして見つめながら笑ってくれた。
 少しだけ儚げな表情をするシルカに、リリアはさらに惹かれた。

 そこから始まったはずの友情は、どうしてか、今はバラバラに崩れてしまった。
 

 ツンと澄ました顔をして歩いて来たシルカは、リリアのことなんてまるで目に入っていないかのように、リリアの横を通り過ぎようとした。

 リリアはカラカラに乾いた口をなんとか動かして、シルカに声をかける。

「シルカ! ねぇシルカ、どういうこと? シルカ、聖女だったの? 言ってくれたらよかったのに……」
「あら。あなた、まだいたの?」
「シルカ……?」

 冷たい、蔑むような瞳で、かつてのリリアの親友は、リリアを見た。そんな目をしているのを、リリアは一度も見たことがなかった。
 悪魔にでも乗り移られたかのような豹変っぷりだ。

「もうあなたの居場所なんて、ココにはないの。さっさと出て行ったら?」
「シルカ、どうしちゃったの……? 変だよ。だって、私たち、親友でしょう?」

 シルカは笑う。リリアのことを見下すように。真っ赤な唇で、リリアを祝福する言葉ではなく、地獄に叩き落とすための呪詛を吐く。

「あなたのことを親友なんて思ったこと、一度もないわよ」

 今まで聞いたどんな言葉よりも、それは呪いの言葉に思えた。

 処刑だとそう宣告されたときよりも、リリアの心はギシギシと痛んだ。

 信じていたものに裏切られたのは、はじめての経験だった。

 
「……っ、な、んで……?」

 溢れ出そうな涙を、必死に堪える。
 シルカはそんなリリアを見て、優雅に口角をあげた。

「どん臭くて、頭も悪くて、お人好しなリリア。私はいつだって、バカなあなたが大嫌いだったの。知らなかった?」

 リリアの口がかすかに開き、ハクハクと口から息が漏れた。

「あんたの顔なんて、もう二度と見たくない」
「……なんで……っ」
「サヨウナラ、嘘つき聖女のリリア」

 ニッコリと笑ったシルカは、ふいとリリアから視線をそらすと、背を向けて歩き出した。まっすぐに伸びた、振り返らない背中を見つめて、リリアは静かに涙を流した。

 大きな紫の瞳がゆらめき、嗚咽が溢れはじめる。

 その場に崩れ落ちて泣くリリアを慰めてくれる人は、どこにもいなかった。

 
 耳にこびりついて取れない声が、ただただ悲しい。

 ──「リリア。大丈夫。何があっても私が守るわ」

 そうやって、リリアに微笑みかけてくれていたのは、いつだっただろうか。
 リリアの苦手な剣技の授業のときだっただろうか。

 差し出された手を握って、同じだけの歩幅で歩いていたはずだったのに。

 どこですれ違ってしまったのだろう。

 
 リリアの目から流れ落ちた雫が、輝く床に落ちてキラキラと光るのが、酷く滑稽だった。

 どれだけ泣いたとしても。
 あの日々はもう二度と、帰ってはこないのだ。

 こうして、聖女歴三日目にして、リリア・エスカーナは国外追放となった。

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