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9

 リリアは身を引こうとした。けれども、いつの間にか背中にグレイの大きな手のひらが回っていて、距離を取ることができない。

「あ、えっと、これは、その……も、もらって……」

 嘘ではない。
 突然現れた魔法陣から飛び出してきたものなのだ。ある意味でもらったのと同じだ。

「誰に」
「それは……い、言えません……」

 グレイが目を細めた。

「ほぉ?」

 突き刺さるような視線が居心地悪い。リリアはうつむいた。早く話が終わらないかと、そればかりを願う。

「それは、本当に、もらったのか?」

 リリアは小さく肩を跳ねさせた。
 街の中のざわめきが聞こえるほどの沈黙が、部屋の中に流れる。

「例えば……いきなり目の前に現れた、とかな」

 リリアは口を開かなかった。嘘も、本当のことも、口に出してはいけないような気がした。

「まァ、いい。それで、おまえは何かできんのか?」

 リリアは唇を引き結んで、力なく首を振る。

「……何も、何もできません……」

 紛れもない事実だった。
 聖女の証は首についてはいるけれども、リリアには何もできない。ならば、こんなものはないのと同じだ。

 グレイはようやく身を引いて、リリアから距離をとった。何か考えるように視線を流し、顎に指を当てている。

 痛いくらいの静寂だった。
 ただ事ではないと思っているのか、マダムも他の職人たちも、口を開こうとしない。

 沈黙だけで人を殺せるのでないかと、リリアがそんなことを思い始めたころ、ゆっくりとグレイが口を開いた。

「この首の、上手く隠すようにできるか?」
「え? えぇ、もちろん。なら、首にレースでも巻こうかしら?」
「悪くねェな。あと頼んだぜ」

 グレイはくるりと背を向けると、ヒラリと片手を振って部屋を出ていった。
 リリアの額からどっと汗が吹き出る。

「あらあら、リリアチャン大丈夫?」
「だ、大丈夫です……」
「そう? ならよかった。それにしても珍しいもの見たわねぇ」

 マダムが楽しそうにほほ笑む。ウキウキと、興奮したように声を弾ませていた。

「あのボスの顔、見た?」
「あの、殺人鬼みたいな顔ですか?」
「やぁねぇ、リリアチャン! 熱い眼差しよ!」

 バシンっとリリアは背中を叩かれた。
 熱い眼差しなんてしてただろうかとリリアは考える。リリアには、今にも喉を食い破って獲物を食い殺そうとする、肉食動物にしか見えなかった。

「ボスって、わりとなーんでも持ってるのに、なんていうか、薄いのよねぇ」
「薄い、ですか?」
「執着心っていうのかしら? なーんにも興味無さそうなのよ」

 そうだろうか? と、リリアは首をかしげる。けれども、考えてみればリリアはここに来てまだ数日だ。
 グレイのことを知っているとは言い難かった。

「もしかして、ボスにもついにラブロマンスかしらっ?」

 キャーっと顔を両手で覆ったマダムを見ながら、リリアはさっき見たグレイの顔を思い浮かべる。

 視線だけで、動けなくなった。

 居るだけで威圧的な人だとは思っていたが、呼吸が上手くできないほどの存在感をぶつけられたのは初めてだ。

 両耳に付けられている赤いピアスが、まぶたの裏にこびり付いている。
 血のようにキラキラと輝いていて、一瞬、グレイの青い瞳が、血塗られた赤に染ったような錯覚さえした。

「あの、ウィングって、何ですか?」
「あぁ、それねぇ。聞いたことはあるけど、私たちも詳しく知らないよ〜。ごめんなさいね」
「い、いえっ、大丈夫です」

 それからマダムやたくさんの職人たちから、街のことや服、装飾のことを見たり聞いたりしているうちに、いつの間にか日が暮れてしまっていた。

「それじゃあリリアチャン。試作品できたらまた来るわね!」
「はい、ありがとうございます」

 マダムたちを建物の入り口まで見送って、深く頭を下げる。
 一人きりになって、小さく息を吐いた。

「終わったか?」
「ひぃ!」

 リリアは飛び上がって、ぎこちなく振り返った。
 いつ来たのだろうか。リリアの背後には、腕を組んだままリリアを見ているグレイがいた。

「リリア、メシでも行くか」
「えっ、え、いえ……お家に帰りま……行きます……」

 鋭い眼光がリリアを射抜いて、リリアは半分泣きながらうなずいていた。
 先に歩き出した、スラリとした背中について行く。足取りは、やけに重かった。

 どこに行くのだろうかと思っていれば、一番初めにリリアが働き始めた酒場だった。
 それに気づいてリリアは足を止める。

「ま、待ってくださいっ」
「あ?」

 振り返ったグレイに、リリアは眉を下げて笑いかける。

「このお店に行くなら、何か、えぇと、渡すものとか……」
「あァ? いらねェよ」
「でも……」
「ばァか。もう一度謝りに行ってんだろ? 花持って」
「えぇっ、知ってたんですか?」

 グレイの言う通り、リリアはクビになった次の日に、少ない賃金の中から花を買って持っていった。

「報告がくるんだよ。別にいらねェつぅのに、マメな奴らだ」

 悪態をつきながらも、グレイの表情は優しい。この街が好きなのだろうと、リリアは思った。

「いいから行くぞ」

 くるりと背を向けて、店の扉を開いたグレイが、そのままリリアを振り返る。
 顎で入れと示されて、リリアは慌てて扉を開ける役目を変わろうとした。

「おまえ……めんどくせェな。いいから入れ。オラ」

 グイッと背中を押されて、よろめきながら店の中に入る。

「いらっしゃい。おや、リリアちゃんとボスじゃないですか。おそろいで」
「こ、こんばんは」
「繁盛してんな。席あるか?」
「奥にどうぞ」

 案内されるままに奥に進む。歩くたびに、グレイは店の中にいる人たちに話しかけられていた。適当にあしらっているというのに、かけられる声は止まらない。

 リリアがそれを横目で見ていると、パッと街の人たちと目が合う。とりあえず曖昧に笑って会釈した。

「えっ! 誰すかっ? ボス、紹介してくださいよ!」
「あ、私は、リリア・エスカーな……うわぁっ」

 自己紹介をしようと立ち止まると、さっさと歩けと言わんばかりに軽く背中を押される。
 ちょっとだけ振り返ると、青い目がじっと見ていて、リリアは会釈しただけでそそくさと歩いた。

 奥のテーブル席に向かい合って腰かけて、リリアは背筋をピシッと伸ばしたまま、瞳を揺らす。

 何を話せばいいのか分からなかったし、何を聞かれるのかと怖かった。

 水が運ばれてきて、乾いた口の中を潤すためにひと口含む。リリアがゆっくりとコップを置いたタイミングで、グレイがリリアを見た。

「とりあえず聞きてェことがある」
「は、はいっ」

 グレイは目を細めると、リリアに向かって手を伸ばした。

 長い指先で、するりと撫でるようにリリアの首に付けられている七色の石に触れる。

「コレ、と聖女は関係あんのか?」


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