疑問を抱きつつも、メルティアのジークの好み大作戦は続いていた。
だんだんとジークも慣れてきたのか、メルティアが派手な服を着ている日は無言で羽織を着せてくるようになった。
メルティアもない胸を見せるのは恥ずかしかったため、羽織は大人しく着ることにして、その代わりお化粧の練習をたくさんするようになった。
蜂蜜が美容にいいと小耳に挟み、唇や顔に塗ってみたりもした。
気持ちツヤツヤになったような、そうでもないような。
その日の夜も、ジークと別れて部屋に戻ったあと、唇に蜂蜜を塗りたくる。
「それ、意味あるのかい?」
チーが蜂蜜の瓶の上に腰かけて、飽きれたように見てくる。
「ぷりぷりになるんだって」
「なってるのかい?」
「……わかんない」
気持ち的にはツヤツヤしている気がする。
「最近ジークも無反応だろ? どうするつもりだい?」
「……もうちょっとだけ」
今のところジークがグラッときている様子はない。それどころか、まだ飽きないのかと言いたげに見てくることがある。
ジークの好みに近づけても、ジークの心に刺さらない理由。メルティアは、何となくわかっていた。
どんなに見た目を繕っても、あの人になれるわけじゃない。
ジークはきっと、あの人の見た目どうこうじゃなく、全部が好きなんだろう。
メルティアが、ジークの服や髪が変わったとしても、ジークが好きなように。
「一応花たちに栄養剤あげといたほうがいいぜ」
チーはそれだけ言うと、ふよふよとメルティアのベッドへ向かって飛んでいき、枕元の専用ベッドの中で眠りはじめた。
すぐに気持ちよさそうな寝息が聞こえてきて、なんだか虚しくなってきたメルティアも唇の蜂蜜を落としてベッドに向かった。
次の日、メルティアはチーに言われた通り花たちの栄養剤をつくるため、材料を調達しに街に来ていた。
もちろん、服装は継続だ。
ジークにはすごい剣幕で反対されたが押し切った。そのせいか、後ろに付き従っているジークの機嫌はすこぶる悪い。
「ジーク、顔こわいよ」
「ダメだと言ったでしょう」
「たまにはお洒落して街に行きたいもん」
「あなたのお洒落はズレている」
メルティアはムッと口を尖らせる。
こういう服を着ている美女と仲良く歩いていたくせに、と、心の中で砂を投げた。
「……ジークだって、こういうのが好きなくせに」
「だからそんなことを言った覚えはないと、何度言ったらわかるのですか」
「だって」
メルティアはきゅっと手のひらを握りしめた。
「だって、あの人が」
「あの人?」
ジークの怪訝そうな声にかぶせるように、後ろから澄んだ綺麗な声が聞こえてきた。
「あら? ジーク、と……メルティア様?」
ドクンッ、と、メルティアの心臓が嫌に大きく跳ねた。
声なんてそんなに覚えていないと思ったのに、少し聞いただけでわかった。
少し色っぽくて、賢そうな綺麗な声。
あの人だ。
ジークの、大切な人。
「シーラ、いたのですか」
「もう。敬語はなくしてと言ったじゃない」
「……癖のようなものですので」
後ろから聞こえる話し声にメルティアは硬直した。
あんまり、振り向きたくなかった。
だって、どんなに真似をしたって、あの人には敵わないと、心のどこかでわかっているから。
それでも無視をするのはだめだと、メルティアはこわごわ振り返る。
ジークと近い距離で話しているキレイな人。メルティアと似た服を着ているのに、別物みたいに似合っている。
シーラがクスクスと笑うたびに、真紅の薔薇が舞っている幻覚が見えた。
「こ、こんにちは……」
メルティアが声をかけると、シーラはメルティアを見てふわりと上品に笑う。そして美しく礼をした。
「お久しぶりです、メルティア様。またお会いできるなんて、とても光栄ですわ」
「い、いえ。ありがとうございます」
メルティアは会話に困った。
ただでさえ会話は得意じゃないのに、相手は恋敵だ。何を話せばいいのかわからない。
それに、メルティアが街を歩いていても、街の人たちは会釈をするくらいで声をかけてくることはない。
なおさら街の人と何を話したらいいかわからなかった。
メルティアがそわそわと会話を探しては口を開け閉めしていると、ジークがメルティアの横に来て庇うように腕を出した。
「すみませんが、仕事中ですので。メルティア様、行きましょう?」
「え。えっと、いいの?」
「何がです?」
「だって、その……」
せっかく会えたのに。とは言えなかった。
そもそも、会えなくしているのはメルティアなのだから。
メルティアが滅多に休みを与えないから、ジークは大切な人と過ごす時間もない。
メルティアはそっとうかがうようにシーラを見た。
少し寂しそうな顔をしていたシーラは、メルティアの視線に気づいて憂いげに笑う。
「お忙しいのにお声かけして申し訳ありません」
頭を下げられてメルティアは慌てた。
「い、いえっ。お気になさらず……」
顔を上げたシーラはメルティアと、その隣のジークを交互に見て切なげに笑う。
「メルティア様が、羨ましいわ。いつもジークといれるんですもの」
ガンッと物理的に殴られたような衝撃を受けて、メルティアは目を見開いて固まった。
「シーラ」
「あら、怖い顔。それじゃあまたね、ジーク。失礼いたします、メルティア様」
ふふっと笑うと、シーラは去っていった。嵐のようだった。
「メルティア様、行きましょう?」
うながすように背中を押されて、メルティアはとぼとぼと歩き出す。
さっきのシーラの言葉が、呪いのように頭にこびりついていた。
『メルティア様が、羨ましい』
羨ましいのはメルティアのほうだというのに。
それでも、メルティアはそう言われても仕方がないほど、ジークを独占している自覚があった。
ジークの休みは月に数回あったら奇跡だ。それも、半休。
それ以外は常にメルティアが拘束している。
朝から晩までジークにべったりだ。
しかもメルティアは、ジークに恋心を抱いている。
純粋な主従関係じゃない。
メルティアが逆の立場だったら、きっとすごく嫌だと思う。
「じ、ジーク」
「はい?」
「えっと、ごめんね」
「何がです?」
「う、ううん。なんでもない……」
メルティアは歩きながらジークに問いかける。
「ジークは、その、騎士団長とか興味ないの?」
「急になんですか」
「えっと、前にね、ディルにぃに聞いたから」
ジークは「ああ」という顔をしてゆるく首を振る。
「今は興味ないですね」
「……昔はあったの?」
「あったと言いますか、なるものがないなら目指すのも悪くない、というくらいですね」
「そうなんだ」
「……それが何です?」
「えっ。なんでもないよ。聞いてみただけ」
ジークがメルティアを見下ろして、少し冷たく目を細める。
「俺は騎士団長になりたいなんて言ってませんからね、メルティア様」
「……」
メルティアはただ小さくうなずいた。