メルティアの新たな騎士、エルダーは気のいい男だった。
メルティアと少し似た金の柔らかな髪に、陽だまりのような笑顔が似合う男。
そして、ファルメリア王国の国民らしく、花を愛していた。
名目上『騎士』になっているだけで、騎士らしいことは何もない生活でも、楽しそうに花と戯れて、メルティアのすること一つ一つに「すごい」と感想をくれた。
ジークと二人きりの生活に慣れていたメルティアは、それがどうにもくすぐったかった。
「メルティア様ー? これはどうなさいますか?」
「あ、それはこっちに置いてもらってもいい?」
「はいはい、もちろんです」
花がらの選別をしていたメルティアは、エルダーが持ってきた摘み取った花たちを端へ置くように指示を出す。男手が二つあると作業も速い。
「他はなにしましょうか?」
「えっと……あ、じゃあ蜂蜜採ってもらってもいいかな? 一番奥のなんだけど……」
「了解です! 防護服はどこですか?」
そう尋ねられて、メルティアはきょとんとする。
「防護服……?」
首をかしげたメルティアに、エルダーは困惑する。
「え。まさか王族は防護服なしで蜂蜜が採れるんですか?」
「えっと。ジークわかる?」
困ったメルティアはジークに問いかけた。
「通常は蜂に刺されても大丈夫なように服を着るそうですね。城の養蜂家たちがたまに着ていますよ」
「あ、やっぱりそうだよな!」
「……ですが、今のところメルティア様のいう通りに蜂蜜を採って刺されたことはありませんね」
「まじかよ。街の警備より過酷じゃねえか」
少し顔を青くするエルダーにメルティアは「やっぱりそれはジークに……」と言いかけたが、すぐにエルダーが首を振る。
「大丈夫ですよ。ちょっとびっくりしただけです。一番奥の蜂蜜ですよね」
「う、うん」
「じゃ、いってきます」
明るくカラカラと笑っているが、若干顔色が悪い。
ガラスハウスを出て行くエルダーをおろおろと見つめて、やがてメルティアは立ち上がる。
「ジーク、ここお願いしていいかな? やっぱり少し見てくるね」
「わかりました」
メルティアがエルダーのあとを追いかけていくと、エルダーは奥の蜂の巣の前で精神統一をしていた。
そして、カッと目を開けて巣箱に近づく。
「えっと、だ、大丈夫?」
メルティアが声をかけると、エルダーは振り返って、晴れやかに笑顔を浮かべる。
「うおー! メルティア様見てください! まじですげえ」
他にも巣箱はあるため蜂は飛んでいるが、奥の巣箱に寄ってくる蜂はいない。
「これ他でやったら絶対殺られてますね」
「そ、そうなの?」
「そうですよ。王族って本当にすごいですね」
メルティアは照れ笑いを浮かべて、せっかくだからとそのまま蜂蜜作りを手伝う。
「あっちに分離機があるの」
「それを瓶に詰めていけばいいんですね。了解です」
「あ、じゃあこっち持ってくね」
「助かります!」
分離機のところまで並んで歩いていく。
「メルティア様はいつもジークと二人だけでこういうことをされていたんですか?」
「うん。そうだよ」
「なかなか大変そうですね。二人だけで作業するの」
「わたしは慣れてるから大丈夫だけど、ジークはどうかな……」
ジークに花と戯れて楽しいかどうか聞いたことはない。
文句ひとつ言わず黙々と作業してくれるし、メルティアはジークと二人という状況に浮かれていて、そんなことまで考えたことがなかった。
「ジークは俺でも知っているくらい剣技が有名ですしね」
「そうなの?」
「そうですよ。俺が騎士団に入ったばかりだから今から十年くらい前でしょうか……。子どもにとんでもない剣の達人がいるって話題になってたんですよ」
ジークが剣が上手いというのは聞いたことあったが、噂になるほどだったとは知らなかった。
「それがディル様のお気に入りの剣士だって言うから、やがて騎士団にくるだろうって」
ディルのお気に入りの剣士という点で間違いなくジークだ。
ディルがジークを城に連れてきたのも、「剣が上手いから」という理由だった。
結局、メルティアが奪ってしまった形になるのだが。
「その時に年下が上官になるのかもなーなんて思ったりしていたんですが、どれだけたってもさっぱり。聞けばメルティア様の騎士になったとか」
「……」
もしジークが騎士団に入っていたなら、今ごろ順調に騎士団長に出世していたのかもしれない。
今みたいに花壇を掘り返したり、蜂蜜を採ったり、メルティアのわがままを聞いたりしないで、好きな剣を好きなだけ振るっていたのだろう。
「ジークは、どうしてわたしの騎士になってくれたのかな……」
「そりゃーメルティア様が好きだからじゃないですか?」
「えっ?」
「騎士の頂点と最愛の人で最愛の人を選んだってことですよ。騎士の鏡ですね~」
「そ、それはないと思うよ……」
もしそうならばとっくに両想いになっているはずだ。
それに、メルティアはほぼ失恋している。
「いやー。だってジーク、俺のこととにかく警戒していますし。一応騎士団所属だったので、そういうのはわかるんですよね」
それは今までいろいろあったからとは言えずに、メルティアは適当に笑ってごまかした。
「でも、どうして騎士を増やそうと思われたのですか?」
「ジークのお休みを増やしてあげたくて……」
「もしかしてジークって無休ですか?」
「……い、一応、ちょとは……半休とか……」
エルダーは驚いたように目を丸くして、次にカラカラと笑う。
「それはもう好きじゃないと無理ですよ」
そうなのだろうか? と、思う気持ちと、ならばなぜ? という気持ちが入り混じる。
「で、でもね、ジーク、好きな人がいるみたいなの」
「メルティア様ではなく?」
痛む心を抱えてメルティアはうなずく。
「まじですか。不思議なこともあるものですね」
「う、うん。その人と過ごす時間を作ってあげたくて、騎士を増やしたの」
エルダーは合点がいったと言いたげに何度かうなずいた。
「なるほど。でしたら俺も頑張らないとですね。メルティア様、どんどん俺に頼っていいですよ」
「う、うん。よろしくね!」
明るい笑顔にメルティアは安堵する。
ディルやジークが心配していたようなことはどう考えても起こりそうにない。
やっぱり、あれは運が悪かっただけなのだ。
今は昔とは違う。
ジークじゃなくても大丈夫。
そう思うのに、もしそうなら、ジークがメルティアの騎士でいる理由はなくなるのかもしれないと思うと、少しだけ心が痛んだ。