ジークが先に店に入り、その後にメルティア、兵たちと続く。
ウェイトレスらしき店員は、ジークが入った瞬間その服を見て固まった。
次にそっと目線を動かしてメルティアを見て、息を飲む。
「突然の来訪申し訳ありません。人数が多いですが問題ないでしょうか?」
「か、かしこまりましたっ! 大変申し訳ございません、少々お待ちくださいませ!」
大慌てで店員が奥へと引っ込んでいく。
代わりにやって来たのは、白いコック服を着た料理長と思わしき男性だった。
「メルティア様。ご来店ありがとうございます。お席にご案内いたしますね」
料理長の案内でメルティアたちは窓ぎわの席に通される。
そこだけ切り取られたように騒がしさはなく、静かな空間だった。
さらには窓の外にたくさんの花壇があって、花がよく見える特等席だ。
メルティアはジークと向かい合って座り、その周囲を取り囲むように少し離れた席に兵士たちが座る。
「何がよろしいですか?」
「うーん」
メルティアはあまり外食をしたことがなかった。
小さいころなら外食もあるらしいが、その記憶ももう朧気だ。
「なんでもいいの?」
「もちろんです。メルティア様のお好きな蜂蜜パンもありますよ」
ジークがひとつひとつメニューを示しながら説明してくれる。
ファルメリア王国の食事は基本的に野菜だ。
豆から作った肉に、豆や麦から作ったミルク。豊富な野菜料理に、蜂蜜をたっぷり使ったパンやケーキがよく出る。
あれこれ悩んで、メルティアは野菜たっぷりクリームシチューと、蜂蜜パンを頼んだ。
ジークは豆肉のハンバーグとサラダにガーリックパン。
他の兵たちも思い思いの食事を注文していた。
待っている間、メルティアは窓の外をながめた。綺麗な花たちの周りを、妖精たちが楽しそうに飛んでいたからだ。
なにかお喋りをしたり、花びらをなでたり香りを嗅いだりと楽しそうにしている。
その光景にたっぷりと癒されたところで、メルティアは前を向く。
そして、ふふっと小さく笑った。
「メルティア様?」
「あ、ごめんね。ジークの周りにね、いつの間にか妖精がいっぱいいたから」
「……どの辺ですか?」
「うーん。全部? ジークの周りで遊んでるよ」
「そう言われるとなんだか落ち着きませんね」
ジークはすわりが悪そうに体を動かし苦笑いを浮かべる。
「ジーク、すごく妖精に好かれるよね。どうしてだろう?」
「他の者は違うのですか?」
「全然違うよ。今だって、ジークのところだけだもん」
「とくに好かれるようなことはしていないと思いますが……」
ジークは本当に心当たりがないようで不思議そうに首をかしげる。
と、そこに料理が運ばれてきた。
とろとろのクリームシチューに、焼きたてパン。次から次へとテーブルに並べられる。
シチューからは白い湯気が立ち上り、食欲をそそる香りが鼻の奥をくすぐる。我慢できないとばかりにおなかが小さく悲鳴をあげた。
「いただきます」
「お待ちください。メルティア様」
「え?」
さっそく食べようとしたメルティアをジークが止める。
そして、メルティアの皿からスプーン一杯分すくいとって口に含むと、丁寧に舌で転がした。パンも同じようにちぎって食べる。
「ジークも食べたかったの? 少し分ける?」
「そうじゃありませんよ。問題ないようですので召し上がってかまいませんよ」
「え?」
メルティアはパチパチと目を瞬いた。
「ジーク、今何したの?」
「毒見ですよ。一応」
「えっ?」
「疑っているわけではありませんが、毎度していることですので」
メルティアは驚いて口をあけると、ジークの顔と料理を何度も見比べる。
「ジーク、そんなことしてたの?」
「はい。毎回食事が切り分けられているのに、おかしいと思わなかったのですか?」
「食べやすくしてくれてるのかなぁって」
ジークがこの主人大丈夫かと言いたげな目でメルティアを見た。
「そんなこと、しなくていいのに」
「あなたは王族でしょう」
「だ、だって……わたしのは……何か入ってることが一番多いのに……」
メルティアはきゅっとスプーンを握った。
「だからですよ」
「……」
「だからしているんです。あなたに何かある前にわかるように」
ジークは穏やかな顔で慈しむようにメルティアを見る。
それが誇りだと言いたげな顔だ。
「でも、チーくんがいるから大丈夫だよ。ジークに何かあったら……」
「俺に何かあったときは、あなたが助かったときということですから」
そういうことじゃないとメルティアは首を振る。
「チーくんに頼むから大丈夫だよっ」
「信用はしていますが、体調が悪くて見逃すこともあるかもしれないでしょう?」
「でもっ、でも……ジークに何かあったら嫌だもん」
メルティアは視線を下に落とす。
メルティアはジークに自分を大事にしてほしかった。
でも、メルティアが王族であって、ジークがその従者である以上難しいのもなんとなくわかっていた。
従者は主人を護るためにいるからだ。
主人と従者でいる以上、対等にはなれない。
黙り込んだメルティアに、チーがやれやれと肩をすくめながら言葉をかける。
「城中に妖精がいるから大丈夫だと思うぜ」
「……ほんとう?」
「アイツらがジークを見殺しにするとは思えないからな。毒見に意味はないだろうが、やって満足するならやらせたらいい」
「チーくん適当」
「ジークはメルのためにしてるんだから、ただありがとうと言っておけばいいと思うぜ」
「……」
メルティアはじっと黙り込んで、もやもやを押し込めるようにテーブルの下できゅっと拳を握る。
「その……ありがとう、ジーク」
「いえ。俺がしたくてしてることですから」
メルティアの感謝の言葉を聞いたジークが、幸せそうに目を細める。
メルティアはその顔に驚いて、だんだんと、複雑な気持ちになる。
ジークは、メルティアが主人であろうとすると嬉しそうにする。
逆に、対等な関係を求めると困った顔をする。
昔みたいに話してほしいと言っては拒絶されてきた日々。
一日だけ。
ほんのわずかな時間、幼なじみのジークが戻ってきたあの日、もっとなにか言えばよかったのかもしれない。
どうしたら昔みたいに話してくれるの? とか。
前みたいに他愛のない話をしたいとか。
いつからか明確に引かれてしまった線を、どうしたら飛び越えられるのだろう。
「ほら、冷める前にいただきましょう」
「う、うん。いただきます」
はじめて出逢った日。
ジークはメルティアの願いを聞いて『ティア』と呼んでくれた。
一緒に遊ぶ人は兄しかいないと言うと友達になってくれた。
ジークが来た日はいつもジークにくっついて歩いていた。
ジークは嫌そうな顔ひとつせず、メルティアの話をいっぱい聞いてくれた。
だからいつか大人になったら、ジークの隣にいるんだと思っていた。
それなのに、今は隣ではなくジークはメルティアの後ろにいる。
忠実な家臣として。
ジークの幸せそうな顔を見たメルティアは、自分の望みとジークの望みが決して交わらないことを痛感する。
「ジークは、わたしに仕えたこと、本当に後悔してない?」
「してませんよ。どうしてそんなことを?」
「ううん。聞いてみただけ。いつもありがとう、ジーク」
感謝の言葉にジークは優しく微笑む。
後悔しててほしかった、なんて思ったことを、メルティアは心の中にぎゅっと押し隠した。