メルティアはパチパチと目を瞬いた。
自分のことかと人差し指で顔のあたりを示す。
妖精は寝ぼけまなこのままメルティアをじぃっとよく見て、こてんと首を横に倒す。
「あ~。間違えちゃったぁ。メルティアさまぁ」
「う、ううん。その人によく似てたの?」
「うん~。すぅごく」
眠そうに目をこすりながら妖精がうなずく。
そして改めてメルティアを見てつぶらな瞳をパチパチと瞬く。
「メルティアさま濡れちゃってる~」
妖精は人差し指を出して、くいっと動かす。
その瞬間春のあたたかな風がメルティアの体を包み込んだ。柔らかな布団にくるまれているみたいに心地いい。
その風がなくなったときには、メルティアの服は綺麗に乾いていた。
「わぁ、すごい!」
「ジークも濡れちゃってる~」
ジークの服も同じように乾かしてくれる。
ジークはメルティアの服が乾くのを見ていたからか、驚くこともせずじっとしていた。
「ジークのことも知ってるの?」
妖精はきょとんと目を丸くして、にこーっと笑う。
「うん~。メルティアさまのすきなひと」
「えっ!」
お城の妖精たちだけではなく、こんな遠くの妖精たちにまで噂になっていたのかとメルティアは驚いた。
そして、少しだけ恥ずかしくなってもじもじしながらチラリとジークを見上げる。
「どうされたのですか、急に」
「な、なんでもないの」
「目的の妖精は起きたのですか?」
「うん。あ、なんかね、わたしに似てる人がいるみたい。メルティアーナ様って。ジーク知ってる?」
恥ずかしさをごまかすために何気なくした問いかけだったが、ジークは難しい顔をして黙り込む。
「ジーク?」
「……聞いたことが、あるような……ないような……」
「ジークの知ってる人?」
意外な反応にメルティアも驚く。
「いえ。知り合いにはいないはずです。でも、どこかで聞いたことがあるような……」
「有名な人なのかな?」
「そうかもしれませんね」
メルティアたちが話している間に、チーが妖精に近づく。
そして指でちょいっと突っついた。
「たく。いつまでもサボってないで仕事しろ」
「チーはうるさいなぁ~」
「おまえ……」
チーが他の妖精と親しげに話しているのをメルティアはまじまじと眺めた。
チーはいろんな妖精と話したりしているが、基本的にはメルティアといる。
他の妖精と話すときも、連絡的な感じが多い。
「チーくん、その子と仲いいの?」
「全然」
「うん~。仲良し~。僕もつよい妖精だからぁ」
自慢気にふふんとのけぞっているのがかわいい。
メルティアはふふっと笑いながら褒めるように小さな頭をなでる。
「妖精にもそういうのってあるんだね」
「一応な。力のある妖精のほうがいろいろ任されてるぜ」
「任されてる? だれに?」
チーは迷うように口を閉ざしたが、小太りの妖精がにこーと笑って教えてくれる。
「僕たちの王さま~」
「王というより女王だろ」
「じゃあ女王さま~」
チーとの付き合いはそれなりに長いはずだが、はじめて聞く話だった。
考えてみれば、妖精がどういう存在なのかもメルティアは知らなかった。
「妖精にも王様がいるんだ」
「一応な。王って感じでもないぜ」
「どんな子なんだろう? 会えたりしないの?」
「無理だろうな」
「……王様だもんね」
チーにバッサリ切られて、メルティアは肩を落とした。
そもそも、王というくらいだから気軽に姿を見せたりしないのかもしれない。
「ふぁぁ。メルティアさまが来てくれたからそろそろ起きるぅ」
小太りの妖精は大きく伸びをして、透明な羽根を四枚広げた。
そしてふわりと浮き上がり、指先をくるっと一回転させる。
すると、花畑のあちこちからたくさんの妖精たちが姿をあらわした。
「わぁっ。こんなにいたんだ……! すごい!」
妖精たちは眠そうに目をこすって、立っていたメルティアを見てきゃっきゃっと笑う。
そしてメルティアの周りを楽しそうに一周すると、小太りの妖精についていってわずかに穴の開いている天井から空に飛び出していった。
「……行っちゃった」
「ハルデナに行ったらいるぜ」
「そうなんだ」
「あの街はあいつの管轄だからな」
妖精の世界にもいろいろと決まりがあるようだ。
メルティアはジークを振り返る。
ジークに妖精は見えていなかったからか、天井を見てはいなかった。
ただじっと考え込むように拳を口元に寄せたまま視線を斜め下に向けている。
「ジーク? どうしたの?」
「いえ。なんでもありません。妖精はどうなりましたか?」
「ハルデナに向かったみたい。何か気になることでもあるの?」
「いえ……。ただ……この場所に見覚えがあるような……」
ジークはぎゅっと眉をしかめた。
記憶を必死に探っているようだ。
「ジーク、ここに来たことあったの?」
「ないので気のせいかと。戻りましょうか」
ジークはゆるく首を振ってメルティアに手を差し出す。
メルティアも子犬のように喜んでその手をつかんだ。
「帰り、チーくんに運んでもらう?」
「できるのですか?」
「チーくん強いみたいだから大丈夫!」
「おいメル」
結局、メルティアたちはチーに運んでもらった。
地上に出ると、生暖かい風がゆるく吹いていた。
「あ。季節風だ」
「春になるんですね」
「そうみたい。お花咲くといいね」
話しながらメルティアたちは坂を上っていく。
行きは下りだったからいいが、帰りは少しつらい。何より大冒険のあとだから足が棒のようだ。
「背負いましょうか?」
「だ、大丈夫!」
「その足で歩くのはおつらいでしょう。そもそも、このようなことは城の姫がすることじゃありませんよ」
「そういうお姫様だっているもん」
メルティアの言葉を無視してジークは背負っていたリュックを前に抱えなおす。
そして、メルティアの前で腰を落とした。背中に乗れということらしい。
「わたし、重いもん」
「どこがですか。いいから早く乗ってください」
「ジークに女の子の気持ちはわかんないもん」
「俺は男ですからね」
無言の押し問答が続き、メルティアが折れた。
そろそろとジークの背中に近づいて、ジークの首に後ろから手を回す。
背中に乗るとジークがそのまま立ち上がった。
「騎士はこういうことしないもん」
「まだ言いますか。もう歩けないでしょう」
ジークがゆっくりと歩きだす。ゆらゆらと心地いい揺れに、まぶたが重くなってくる。
「……うん。あのね、本当はすこし、疲れたの……。ありがとう、ジーク」
メルティアはジークの背中に顔を寄せた。
いつも砂いじりをしているとはいえ、重い物はジークが持ってくれたりとそれなりに楽をしてきた。
それがいきなり洞窟に入って冒険だ。
奈落の底に落ちたし、湖に沈んだしで、くたくただった。
「そのまま眠ってもいいですよ」
「着いたら起こしてくれる?」
「はい」
「うん……ジークごめんね。付き合わせちゃって」
「それが役目ですから」
メルティアはジークの背中でうとうととまどろんだ。
もし。
もしも、幼なじみのままだったとして、ジークは付いてきてくれただろうか。
そんなのは、きっと無理だろう。
仕事だから、ジークはこうしてメルティアに付いてきてくれた。
仕事だから優しくしてくれる。
幼なじみのままだったら、メルティアとジークはどんな関係になっていたのだろうか。
意外と、ディルがジークを連れまわして疎遠になっていたのかもしれない。
「じーく……」
「……おやすみなさい、メルティア様」
ぎゅっとジークにしがみついたまま、メルティアはそっと目を閉じた。