ピッコマノベルズで『箱入りお嬢様は溺愛政略結婚』連載開始しました!

38この国のために

 チーがしばらく姿を見せなくなって数日、メルティアはいつも通りの日常を送っていた。

 告白をしたのが夢だったみたいだ。
 何も変わらない。
 たまに気まずくなることがあっても、ジークがすぐに話題を変えていつも通りの空気を作り出す。

 だからメルティアとジークは、告白なんてはじめからなかったかのような、変わらない関係を続けていた。

 それがありがたいような、悲しいような。

 ジークにとって、メルティアの告白はその程度のことだったのかもしれない。

 お昼を終え、ザクザクと土を掘り返していると、珍しくガラスハウスに来訪があった。
 この場に来られる許可があるのはメルティアとジーク、そしてメルティアの家族だけだ。

 それなのに、父付きの兵が一人、ガラスハウスへとやって来ていた。

「申し訳ございません、メルティア様。王が緊急だと」
「……お父様が?」

 父がメルティアを呼び出すとき、たいていいい話ではない。
 なにか困ったことが起きた場合が多い。

 メルティアはすぐに立ち上がって、父のいる部屋へと向かった。

 部屋に入ると、ジークは外で待っているように促される。
 ジークはそれにうなずいて、部屋の外で待機した。

 扉が閉まると同時に、メルティアは父のもとに近づいて首をかしげる。

「……何があったの?」

 父の顔は顔面蒼白というのがぴったりだった。
 唇は青紫になっているし、目はうつろだし、下手したら今にも倒れてしまいそうだ。

「てぃ、ティア……これを……」

 震える手で差し出されたのは、一枚の立派な書状だった。
 紙の端に金が練り込まれている。

 メルティアもはじめて見るものだ。

 首をかしげながら受け取って、ざっと目を通してメルティアも固まった。
 手紙を持っている手が細かく震える。
 浅く呼吸を繰り返して、メルティアは同じように震えている父を見た。

「こ、これって、宣戦布告ってこと……?」

 書状は隣の帝国からだった。

 内容は簡単だ。
 攻撃をしかけるから降伏をするか戦うか選べと言うものだ。

「せ、戦争になるってこと……?」
「我が国に戦争なんかできると思えないよ」
「わたしもそう思う……」

 騎士団はいるが、特別戦争の訓練をしているわけではなく、街のお助け要因みたいな感じだ。

 それに、この国には戦う武器だってない。
 騎士団が掲げている剣は、外の世界では時代遅れだとディルが言っていた。
 使う人もいるが、多くは銃という筒状の武器を使うらしい。

 メルティアはもう一度書状を読んだ。

 降伏するための条件が、きっちりと書かれていた。
 それさえ守れば、国の安全は保障するとも。

『明日の朝、国境に迎えの馬車をよこす。降伏する場合は姫をそこに乗せろ。姫がいない場合は王子でも可』

 と。

「……」

 メルティアは何度もその文字を目で追った。

「ティア、ディルがどこにいるか知っているかい?」
「え? どうして? もしかして、お父様戦うつもりなの?」

 メルティアは目を丸くした。

「それ以外にないだろう? 国を火の海にするわけにもいかない」
「え……でも……」

 温厚な父にそんなことができると思えなかった。
 王ではあるが、王というほどの威厳があるかというとなかった。
 ほわほわと笑う、だからこそ好かれるような王だ。

 それが戦を決断するなんて。
 戦うということは、街にも被害が出るかもしれないということだ。

『式は一か月後なんです』

 そうやって幸せそうに笑っていた花屋の人の姿を思い出す。

 この国にはたくさんの人が暮らしている。
 今だって、何も知らず日常を送っている。

 この国の国民は、花を愛している穏やかで優しい人ばかりだ。

 戦えるとは思えない。

「……ううん。お父様、降伏しよう?」

 メルティアの父の顔が固まった。
 顔面蒼白のまま、さらに色が抜けていく。そのうち失神してしまいそうだ。

「……何を言っているのかわかっているのかい?」
「うん。降伏したら、国の安全は約束するって書いてあるもん」
「……」

 メルティアはキュッと紙の端を握って、顔を上げた。

「わたしが行く」
「何を言っているんだい。そんなことできるわけがないだろう?」
「じゃあ、お父様はたくさんの人が死んでもいいっていうの?」
「……」

 父と国王の狭間で揺れているのがわかった。

「……ジークは。ジークはどうするんだい?」

 メルティアは沈黙した。
 しばらくして、ゆるく首を振る。

「……いいの。ジークは、騎士団に入れてあげてくれる?」
「……本当に、それでいいのかい? 後悔しないのかい?」
「うんっ。大丈夫」

 どうせ、ジークには振られてしまっているのだ。

 きっと、こうなる運命だった。

 だからジークとは結ばれなかったのだ。

 だって、ジークと結ばれていたら、きっと、嫌だと思ってしまった。
 このままジークと一緒にいたい、そう思ってしまっていた。

 戦ってくれと、そう言っていた。
 自分の幸せのために、誰かに死んでくれと、そんな恐ろしいことが言えてしまっていた。

「……ティア」

 父が近づいてきてぎゅっと抱きしめてくれる。

「……泣かないで、お父様」
「無力な父で許しておくれ」
「お父様は無力じゃないよ。だって、国は平和だもん」

 おいおいと声をあげて泣く父をメルティアはよしよしと慰めた。
 あまりにも泣くものだから、だんだんと噎せて危険になった父をメルティアは母にあずけて部屋を出た。
 二人は抱き合って声を上げて泣いていた。

 自分のために泣いてくれる人がいる。

 それだけでメルティアは十分だった。

 手紙には、明日の朝と書かれていた。
 この城は国境を隔てる要塞のように建てられている。
 つまり、明日城の前まで迎えに来ると言うことだろう。

 あまり、時間がない。

「……メルティア様? 何かあったのですか?」

 部屋から出てきたメルティアの顔を見て、ジークがそう問いかけてきた。
 メルティアは何もないと首を振って、明るくジークに話しかける。

「ジーク、街に行こう!」
「……最近行く回数が減ったと思ったのですが」

 苦笑しつつもうなずくジークを連れて、メルティアは馬車に乗って街へと向かった。
 着いてすぐ、メルティアはジークの服を引っ張る。

「ジーク、何か欲しいものある?」
「急に何ですか」
「……ないの?」
「とくにありませんね」

 欲がなさすぎるのも考えものだ。
 メルティアは街を歩きながら、これはどうだあれはどうだと聞いたが、どれも微妙な反応だった。

「じゃあ、ジーク、好きなものないの?」
「とくにありませんよ。さっきからどうされたのですか」
「……何かない? 何でもいいの」

 ジークはおもちゃをせがむ駄々っ子を見るように苦笑して、しばらく視線を横に流して考え込む。

「ああ。メルティア様の作るお茶は好きですよ」

 メルティアはピタリと足を止めた。

「メルティア様?」
「それって、わたしのレシピで作ってるお茶?」
「はい。あれはメルティア様だから作れる味ですよね」
「……」

 メルティアは素早く思考を働かせて、パッと振り返る。

「やっぱり帰ろう!」
「……どうされたのですか、本当に」
「いいの。いいからジークはやく!」

 ぐいぐいとジークの腕を引っ張る。

「わかりましたから。そんなに引っ張らずとも」

 結局、何も買わずにメルティアたちは城へと引き返した。

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