「ボスー、隣の国の統治者が挨拶に来てるっすよ」
「は? ずいぶんと急だな。連絡は来てねェだろ」
「来てないっすけどねぇ。まぁ、しょうがないといいますか」
グレイと次に作る髪飾りの打ち合わせをしていたリリアは、ササッとテーブルの上の資料をまとめた。
グレイたちの街に戻ってから、リリアは改めて服飾関係で働くことになった。
もともと、刺繍をしたり小物を作るのが好きだったのだ。
パーティーがある時はグレイと一緒に行くことになっているが、それ以外のときは職人マダムたちの元で武者修行中だ。
「あの、ボス。またあらためてうかがいますね」
「あー、悪いな、リリア」
「リリアサンもいたほうがいいんじゃないすか?」
「え?」
「隣の国って言われてピンと来ないなんて、鈍い人ですねぇ」
リリアはその言葉を聞いて、目がこぼれ落ちそうなほどいっぱいに開く。
そうして、扉に近づいて勢いよく開いた。
「あら、お出迎えはあなたなのね。リリア」
「シルカ!」
リリアは満面の笑みでシルカに飛びついた。
「なんにも連絡がないから、どうしてるのかなって心配してたんだよ。無事でよかった」
「大丈夫よ。あんたじゃないんだから」
リリアはむぅっと不機嫌そうに目を細め、「あ」と、グレイたちを振り返る。
「ボス! シルカが……て、お、怒ってるんですか?」
苛立たしげに眉根を寄せたグレイが大きなため息をついた。
「何しに来た? 要件は手短に言ってさっさと帰るんだな」
「あらそう? じゃあ手短に、リリアを連れて帰ろうかしら?」
バチバチとシルカとグレイの間に火花が散る。
「チッ、わかったよ。悪いな、リリア、茶の用意してくれるか?」
「は、はいっ」
リリアはすぐに給湯室に向かった。
そして手早くお茶を淹れると、グレイたちの元に戻る。シルカの隣に座ろうとしたのを、グレイが視線だけで阻止した。
「とりあえず要件を言うわ。友好の同盟を結びに来たのよ」
「同盟?」
「ええ。最初は国に行ったのだけれど、自治都市だから直接行けと言われたわ」
シルカはそう言って、持っていた荷物から紙を取り出す。その紙を見たリリアは「えっ!」と声を上げた。
「シルカ、王様になったの?」
「王はいないわ。これから新たな体制を作っていくの。私は今のところその代表てとこかしら」
「すごいっ」
すごいすごいと褒めるリリアに、シルカがあらためて向き直る。
「王族の無駄遣いで飢えに喘いでいた民も持ち直してるし、国は生まれ変わるわ。戻ってきて? ってお願いしたら、戻ってきてくれる?」
リリアはピタリと止まって、横目にグレイを見る。バチンっと目が合った。グレイは不機嫌そうな顔をしているが、なにも言わない。
リリアに選べと言っているのだ。
「えっと、ごめんね、シルカ。私ね、今、ここでお洋服作ってるの」
「あぁ、あんたそういうのは得意だったものね。ハンカチに刺繍したり」
「う、うんっ。まだ見習いなんだけどね。でも、すごく楽しいの。私、まだまだ新しいことをしたい。それに、ボスと一緒にいたい。だから、シルカとはいけない。ごめんね」
シルカは深いため息をついた。
「あんたはうちの国の聖女よ。追放処分は取り消しになってる。そうでもしないと、聖女を取り戻せって暴動が起きかねないわ。勝手な話だけど」
「う、うん」
「聖女は結婚できない」
「う、うん……」
「って言っても、どうせそのうちその男に嫁ぐんでしょう」
「えっ?」
リリアはパッとグレイを見た。そして首を振る。
「あら、違うの?」
「えっ、そ、そんな予定はないというか……その……」
「あらそう。じゃあそのうち帰ってくるのね?」
ニッコリと笑ったシルカの圧にリリアは飲まれる。困ったリリアはチラリとグレイを見た。
「俺はおまえと婚姻を結ぶつもりだ」
「え、えぇっ。そうだったんですか?」
はじめて聞く言葉にリリアだけが驚く。
「つぅか、おまえこそ破局するつもりだったのかよ」
「そ、そういうわけではないですけど……」
「おまえがそこまで考えてねェのは知ってたがな。まァ、外堀は固めてるから、逃げられると思わねェことだ」
「ぼ、ボス、悪い顔してます」
苦笑したリリアに、グレイがうんと甘く笑いかける。
それを見たシルカがため息をついて額をおおった。
「はぁ……こうなるって分かってたわ。それでも助けを求めたのは私だもの」
ブツブツと呟いたシルカは、やがて吹っ切た顔でリリアを見る。
「まぁいいわ。そうなったら、あんたはうちの国から嫁ぐのよ。友好の象徴として。それなら国民も多少は納得するんじゃないかしら」
「あァ、前々からなかよしこよししとけば、反対はしにくいだろうな。しかも、バカな王族が追放した先で出逢って恋に落ちたとなりゃ、さらにだ」
「腹の中が同じだと話が早くて助かるわ」
ニコリと仮面のような顔でシルカはグレイに笑いかける。
それを見ていたリリアは、前にシルカが同族だと言っていたのを思い出した。
たしかに、通ずるものがある。
「あんたたちには借りがあるもの。私にとっては、今回が最後だった。後がなかったの」
シルカが自分の腕に付けられている腕輪をぎゅっとつかむ。
「リリアには幸せになってほしいの。私なりの精一杯の感謝の気持ちよ」
「シルカ……」
「それに、この男、裏側の権力掌握してるようだし、ここと友好関係になれば、事実上隣国と友好関係になったようなものだもの」
リリアは目を瞬き、そっとグレイを見た。
グレイは不敵に笑いながら小首をかしげる。
「ボス、そんなにいろいろしてるんですか?」
「さァな。そのうち教えてやるよ。いずれ夫婦になるんだからなァ?」
「ふ、ふうふ……」
かぁっとリリアの頬が赤らむ。
「ええと、お、お手柔らかにお願いします?」
ハートを飛ばしあっているリリアとグレイを見て、シルカの目が据わる。
「目の前でいちゃつかないでくれる?」
「まぁまぁ。あんたは毎日見てるわけじゃないんすから、まだマシですよ」
「……苦労するわね」
その後、シルカはグレイと小難しい話をして、資料をまとめると帰り支度をはじめた。
「あっ、そうだ。シルカ」
「なに?」
「聞きたいことがあったの。私が追放されるってなったとき、聖女の力が使えなくて……。それからもずっと使えなかったんだけど、シルカは理由わかる?」
シルカは「ああ」という顔をして、自分の腕輪をリリアに見せる。
「これが、聖女の力と対になってるって話はしたわよね?」
「うん」
「これが近くにあると、聖女の力は上手く使えないんじゃないかしら?」
「え?」
リリアは驚いて無意識にグレイを見た。
初耳だったらしく、グレイも興味深そうに聞いている。
「まぁ、予想よ。正直、あんたのそばにいたら聖女に選ばれることもないんじゃないかって期待してたけど、それは意味なかったわ」
「あ、聖女選定のとき……」
確かに、シルカはリリアの隣にいた。
「この男のそばにいたら、あんたは聖女の力を使えない。そう思ってたのに、なぜか女神が現れたって騒ぎになってるし、あんたは連れ去られてるし、焦ったわよ」
「あはは……」
リリアは苦笑いした。
「今は聖女の力は自由に使えるの?」
「うぅーん、一応?」
「なによそれ」
「大きいのは使えないけれど、小さいのなら」
小さな傷を治したり、小さな祝福を与えたりはできるようになった。
「本当はね、もう少し練習したいんだけど……ボスが、めんどうなことになりそうだから使えなくてもいいって」
シルカが納得という顔でうなずく。
「どんな怪我も治せる力なんて、権力者がよだれを垂らして欲しがるわ」
「でも、今はそんな大きな騒ぎになってないよ?」
「それは、その男がなんかやってるからでしょ」
リリアはちらっとグレイを見た。
グレイは素知らぬ顔をしているけれど、否定はしないからそうなのだろう。
「それになにより、あんたお人好しだから、怪我人が〜とか言われたらどっか行っちゃいそうだもの」
「それは……」
そんなことない、と言いきれなくてリリアは沈黙する。無言の圧力がグレイのいる左側からただよってきて、リリアはチラッと視線を向けた。
「それであっさり捕まって、二度と帰れなくなったりしてな?」
「そ、そんなこと……ない、と思います」
「はっ、どうだか」
鼻で笑ったグレイは虫の居所が悪いらしい。
「ああ、そうだわ。帰る前にもうひとつ。宰相様もあなたに会いたいって言ってたわ。それと、血縁関係もあることがわかったわ」
「えっ、本当?」
「出生記録が残ってたのよ。国の女の子全員とはいかなかったけれど。あんたのはあったわ」
「そ、そうなんだ……。じゃあ、本当に、私のおじいちゃん……」
突然拉致されたときは驚いたけれど、リリアと、それとグレイの街も守ろうとしてくれたのだろう。
リリアが聖女の力を使ったことで、王族に居場所がバレてしまっていたし、命も狙われていた。
もしもあのままグレイたちといたらどうなっていたか、想像すると恐ろしい。
もしかしたら、この街が火の海になっていたかもしれない。
「ずっとって、でもシルカが聖女だったんじゃ……?」
「私はしてないわよ」
「えぇっ。そ、そうなの?」
「あんたを追い出したあとはお城になんて用ないわよ」
「ええ、じゃあ、騙したの? 殿下がちょっとかわいそう……」
リリアがぽつりと呟くと、ジロリと二つの視線が向けられた。シルカとグレイだった。
リリアは突っ込まれる前に笑ってごまかした。
「まぁ、そんなのはどうでもいいわ。お墓の場所もわかったし、墓参りとかもしたいでしょ?」
「う、うん。お墓って、わ、私の、お父さんとお母さん?」
「そうよ」
「そ、そっか……」
リリアはどんな人だったのだろうかと、自分の両親を思い浮かべる。リリアに似ていたのだろうか。
もしも一緒に暮らしていたら、どんな人生だったのだろうか。
「大丈夫そうになったらまた連絡するわ。じゃあまたね、リリア」
「う、うんっ。また! またね、シルカ!」
シルカはひらひらと手を振って、部屋を出ていった。
リリアはしばらくぼんやりと前を見る。
「親のこと、分かったんだな」
「あ、はい。もう、亡くなっているみたいなんですけれど……」
「そうか」
くしゃくしゃと頭を撫でられて、リリアは小さく笑った。
「寂しくないですよ。いないのが当たり前でしたし。でも……私にも親がいたんだって、不思議な気持ちで……」
そう言って目を細めると、リリアはカップを片付けるために立ち上がった。
その日の仕事を終え、久しぶりにグレイと帰宅路につく。グレイはいつも忙しそうにしているから、こうして並んで帰ることは滅多にない。
リリアの家とグレイの家は離れているが、グレイはリリアと帰るときはきっちり家の前まで送り届けてくれる。律儀だなぁ、と、リリアは常々思っている。
「そろそろ家、移ってもいいんじゃねェか?」
リリアがこの街に戻ってから、グレイは度々そう口にするようになった。
「でも、このお家好きなんです」
リリアは追放されてこの街に来たときと同じ石造りの家に今も住んでいる。大きくはないが、リリアの選んだ物だけが並ぶ家。
「そういうとこは頑固だよなァ」
「送ってくださってありがとうございました」
「ああ……」
別れる前に、軽く腕を引かれる。不思議に思って上を向いたリリアのくちびるに、グレイのくちびるが軽く重なった。
不意打ちの口づけに固まっていると、ついばむようにくちびるが食べられる。
背筋が粟立つ感覚にリリアが身を引けば、グレイはあっさりと離れていく。
「あの国には帰るなよ、リリア」
懇願するような響きを持っていた。
リリアは目をみはって、やがて苦笑にも似た笑みをこぼす。
「帰りませんよ。私は、ボスと一緒にいたいです。これからも」
「横からかすめ取られねェかって、ヒヤヒヤする」
「横から?」
「おまえの王子様」
リリアは目をパチパチと瞬いて、小さく笑う。
「シルカはカッコイイんです。強くて、綺麗で、いつも護ってくれます。でも、私も、護りたいんです。強くなりたい」
シルカがリリアを庇って怪我をしたとき、リリアは役立たずの自分が許せなかった。
護られてばかりで、何もできない自分が。
「私、この街に来たばかりのとき、何もできなくて。すごく焦ってたんです。でも、ボスは怒りもせず、私のできることを見つけようとしてくれて、すごくすごく、嬉しかった……」
リリアはそのときのことを思い出すように目を細めた。
「それから、この街に戻ってきたあとも、服飾のお仕事をくれました。何もしなくていい、じゃなくて、できることを見つけるまで、何度もチャンスをくれました」
パーティーの準備のときに、リリアが装飾や刺繍に興味を持っていたこともしっかり見ていたのだろう。
注文が増えたこともあって、リリアを見習いという形で入れてくれた。
着る立場になったときも、物を知っていたほうが良いだろうと理由をつけて。
「些細なことかもしれないけれど、嬉しかったんです」
リリアは一歩グレイに近づいて、ぎゅっと、グレイの服をつかむ。
「きっと、ボスが思ってるよりずっと、私はボスが好きなんです。だから、帰りませんよ。ボスが帰れって、そう言わないかぎり」
リリアはふわりとグレイに向かって笑いかけた。
紫の瞳が、夜空の光を受けてキラキラと輝く。
グレイは目元を片手でおおい、深く息を吐いた。
「あー、ダメだ。連れて帰る」
「え?」
「悪ィな。今から俺の家に行くぞ」
「ええっ、ボスっ」
「なんだよ。文句あるのか?」
指の隙間からじっと見つめてくる青い瞳に、リリアが押し負ける。
「う……。きょ、今日だけですよ」
「さァな」
怪しく笑ったグレイが、リリアの手を取る。
自然と絡められる指先に笑みを浮かべながら、リリアはグレイに寄り添い街の中を歩いていく。
「ボス、これからもよろしくお願いします」
「ばァか。手放す気なんてさらさらねェって言っただろ」
その言葉に、リリアは幸せそうに目を細めた。
end.
あとがき
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