第2回ピッコマノベルズ大賞佳作受賞作「今世は継母」連載中!

11懸命なアピール

「失礼します」

 メルティアの了承を得たジークが部屋の中に入ってくる。
 いつもの黒い騎士服に黒のブーツ。メルティアの騎士であるジークだ。

 そして、ふと顔をあげたジークが、部屋の中にいるメルティアを見てわずかに眉を動かした。なんなら、ちょっと眉をしかめたようにも見えた。

「お、おはよう! ジーク」
「おはようございます。よく眠れましたか?」

 言いながらジークはメルティアの部屋のカーテンを開け、寝ていた寝台を整える。

 いつも通りだ。
 最初にちょっと眉を動かしたくらい。

 メルティアも部屋に飾られている花に水をあげながら、チラチラとジークの様子をうかがう。

 こういうときって、直接聞いてもいいものなのだろうか?

「どうしようチーくん」
「いつも可愛い? だの似合う? だの聞いてるだろ?」
「で、でも今日はちょっと違うもん」

 心の持ちようが。
 ジークのためだけのおしゃれだから、なんだか恥ずかしいのだ。

「なら、いい言葉があるぜ、メル」

 チーがニヤッと妖しく笑って、メルティアの耳もとでささやく。
 メルティアは「そんなことでいいの?」と首をひねりながら、ジークを呼ぶ。

「どうしました?」
「あ、え、えっと……髪、崩れてない?」

 メルティアはくるっと後ろを向いた。
 しばらくの沈黙のあと、ジークが近づいてくる気配がする。

「この後れ毛はわざとですか?」
「え? う、ううん。違うと思う」

 メルティアが自信なさげに答えるとジークがクスクスと笑う。

「ご自分でされたのでしょう?」
「わかるの?」
「まぁ……後ろが少し不慣れな感じがしますし」

 メルティアの顔にさっと赤みがさす。
 図星なのだがそんなに不格好だったかと思うと恥ずかしい。

「今日は髪をあげたいのですか?」
「う、うん! 変かな?」
「いえ……珍しいなと思いまして」

 それはジークのためにしているから、とは言えない。
 メルティアはきょろきょろと視線を彷徨わせては、へらりと笑ってごまかした。

「少し失礼します」
「う、うん」

 よくわからず返事をしたメルティアだったが、すぐにジークの指先が首筋に触れ、石像のように固まった。

 零れ落ちていたらしい髪をすくいあげて、綺麗にまとめなおしてくれている。
 のはわかるのだが、時折ジークの指先がいつもなら振れることのない場所をかすめるから、心臓が飛び出てきそうなくらい激しく鼓動を奏でている。

「……この服、後ろボタンになっているのですね」
「え?」
「一番上閉め忘れていますよ」
「え。うそ」

 不慣れな服を着るとろくなことがない。
 かぁッと首まで真っ赤にしたメルティアに、ジークが小さく笑った。

「触れても?」

 メルティアはこくこくうなずいた。

 ジークの指先が今度は背中をわずかにかすめる。なるべく触らないようにしてくれているのはわかるけれど、だからこそ、なんだかドキドキする。
 爪の先が肌をかすめる感覚や、ごつごつした大きな手が背中で動いている気配。
 全部がいつもと違って、息苦しい。

 ディルが「うなじを出すとセクシーらしい」と言っていた意味が、なんだかわかったような気がした。

 ボタンを留め終わったのか、ジークの手の動きも止まる。
 だけど、ジークからは何の反応もない。

「じ、ジーク? 終わった?」
「……本当にこの格好で外に出るおつもりですか?」
「え。う、うん。……もしかして、変かな?」

 おせじにもディルたちから評判がよかったわけではない。
 なんなら、いつも「メルは可愛い」と言ってくれるチーからも微妙な反応だった。

「似合っているか似合っていないかで言うと、似合っていませんが」
「うっ。ジーク、正直だね……」

 急な攻撃にメルティアはよろめいた。

「正直に言ってほしいのでしょう?」

 図星だったので小さくうなずく。

「に、似合うように頑張ってみたんだけど、だめかな?」

 ジークの好みになるように、なるべく努力をしてみたつもりだ。
 だけど、服を着てみてわかったが、こういうのはもっとスタイルがよくないと決まらないらしい。特にメルティアは胸が足りない。おまけにセクシーなくびれもない。

 メルティアはじーっと自分の胸を見下ろした。詰め物でごまかしてみたけれど、あの人のようにはなっていない。

「いつものままでよろしいのでは」
「でも……」

 それじゃあ、ジークの好みにはなっていない。

「何か理由があるのですか?」
「…………」

 メルティアはちょっとだけ振り返って、恨みがましくジークを見る。

「なんですか、その顔は」
「……なんでもない」
「まさか、俺のせいだとでも?」

 そこではじめてジークはわかりやすく驚いた顔をした。

「ジークがこういうの好きって言ったもん」
「言ってませんよ。なんですか、その捏造は」
「言ったもん!」
「言ってません」

 ジークがため息をこぼす。

「ご自分の好きな服を着られたほうがよろしいのでは?」

 ジークの言葉にむっとして、メルティアは鼻息荒くジークから顔を背けた。

「ジークのばか! もう知らない! これで行くもん」

 子どものようなわがままを言って、メルティアはそのまま部屋を出る。

「メルティア様!」

 すぐにジークが追いかけてきた。

「今日は会議にも行くのでしょう? その服でされる気ですか?」
「できるもん」
「……胸元がおぼつかないと言いますか……」

 言いにくそうなジークの言葉にメルティアは顔を真っ赤にした。

「どうせ胸ないもん!」

 膨れるメルティアを追い越して、ジークがメルティアの前に立つ。
 メルティアも止まって膨れながらジークを睨みつけた。

「戻りましょう、メルティア様」
「……」
「ならせめて何か羽織ってください」
「……ジークのばか」

 メルティアは小さくつぶやいて、くるっと背を向けた。そして自分の部屋に向かって歩き出す。
 背後から安堵のため息が聞こえて、メルティアはさらに頬を膨らました。

 ジークのためにとしたのに、ジークは無反応だし、なんなら反対されたくらいだ。
 たしかに、メルティアとあの人では、体型がまるで違う。

 控えめなメルティアの胸にたいして、あの人はグラマラスだった。

 メルティアは自分の胸を見て、少しだけ触る。

「……どうしたらおっきくなるんだろう?」
「ムリじゃないかい?」
「チーくんひどい……」

 ジークをときめかせる予定が、踏んだり蹴ったりだ。