3.1~マーメイド革命改稿作業中

47精一杯のラブレター

 メルティアが目覚めない日が続いたある日、ジークは街に出かけて花を買った。
 メルティアの部屋の花の世話はしていたものの、月日が経つことで少しずつ枯れる花も出てきたのだ。

 新たな新鮮な花を買って、メルティアの部屋に戻る。
 そうして、メルティアの部屋に鉢植えを置いて、花たちに水やりをしていると、背後で何かが動く気配がした。

 ジークは緊張に息を詰めて、おそるおそる振り返る。

 勘違いだったらと思うと、怖かった。

 そぉっと振り返って、息を飲む。
 たしかに、誰かが動いているのだ。メルティアのベッドで。

 ジークは慌てて駆けだした。そうして、勢いよくベッドのカーテンを引く。

 目を丸くして驚いた顔をしているメルティアと、目が合った。

「……ティア?」

「……ジーク?」

 死人を見たような顔をしているジークに、メルティアはふわりと笑いかける。

「おはよう、ジーク」
「……っ、」

 ジークは声も出せずに、呼吸を震わせた。
 ポタリと、メルティアの手に雫が落ちてくる。

「ジーク?」
「……もう、起きないかと思った」
「……」
「何度呼んでも、目が覚めなくて、一生、このままかと」
「……うん、ごめんね」

 たまらなくなって、ジークはメルティアを抱きしめる。

「ジーク、苦しいよ」

「……っ、」

 メルティアを抱きしめたまま、ジークは肩をふるわせた。

 メルティアは優しくジークの背中をなでた。
 よしよしと、泣かないでと、そうやって何度も何度もなでた。

 落ち着いたのか、ジークは体を離し、そっとメルティアの頬を包む。
 コツンっと、額と額が合わさった。

「ジーク……?」
「ティア、愛してる」

 目を見開いて呆然としているメルティアの唇に、そおっと、ジークの唇が重なる。
 触れるのを、少しだけ怖がるように、ジークの唇は震えていた。

「んっ……ジーク」
「ティア……」

 熱に浮かされたような目で、メルティアを見つめてくる。
 でもメルティアはあることを思い出してジークをぐいっと押し返した。

「ティア?」
「うそ」
「は?」
「うそだもん。ジーク、好きな人いるもん」

 ジークは頭に疑問符を浮かべる。
 心当たりがまったくなかった。

「だから、ティアが好きだって……」

 言いかけて、ジークはかあっと顔を赤らめて大きな手で口元を覆い隠して目をそらす。
 メルティアは目を丸くして、でも訝しむように目をすがめた。

「だって、ジーク、お花屋さんは?」
「……花? どういう意味だ」
「あのお花屋さんの女の人、あの人が好きなんじゃないの?」
「……誰がそんなことを?」
「えっ、違うの?!」

 メルティアはおろおろと視線を泳がせては、腕を組んで目を閉じる。
 メルティアの記憶ではたしかにジークはあの人に恋をしていた。

「だって、顔赤くしてたし……」
「俺が? いつですか」
「最初に行ったとき」

 ジークは首を傾げて、しばらくして心当たりがあったのか気まずそうな顔をした。

「やっぱり! ジークのうそつき!」
「違いますよ。あれは、そういうのではなくてですね……」
「じゃあなに?」

 メルティアが純粋な瞳で見上げてくる。
 ジークは引きつった顔のまま、そっとメルティアを抱きしめて誤魔化そうとした。

「ジーク!」
「……言わないとダメですか」
「だめっ!」
「あれはですね……その……花を、買っていたから」

 メルティアの頭には疑問ばかり浮かぶ。

「だから、あなたに花を贈っているのがバレていたんですよ。そこにあなたがやって来たから、からかわれたんです」
「……それだけ?」
「それだけですよ……」

 メルティアはどうにも腑に落ちなかった。
 それだけで顔を赤くする必要があるのか。

「おいおい、大事なこと言ってないだろ、ジーク」
「チー!?」

 ジークがギョッとしてメルティアから手を離す。

「ジークはさ、ラブレターを送ってたんだ。メルに」
「へ? そんなのもらってないよ」
「待て待て待て」
「紙じゃなくて花さ」
「花?」
「メルは分からないだろうな。これは人間たちが勝手につけたものだから。花には、花言葉ってのがあるらしいぜ」
「……花言葉?」

 メルティアがジークを見ると、ジークは顔を真っ赤にして片手で口元をおおっていた。

「贈る花によって、愛してるだとか、あなたを守るだとか、あるんだよ。メルに贈られてたのは、全部そういう言葉だったってわけ」
「……そうだったの?」
「あまり辱めないでください……」

 メルティアは目を丸くして、破顔する。

「ジーク、そういうことする人だったんだ」
「だから言ったろ? ジークはロマンチストだって」

 メルティアの部屋に飾られていたたくさんの花たち。
 全部、ジークが贈ってくれたものだ。

 それらはやっぱり、ジークの恋の欠片だったらしい。

 メルティアへ、言えない想いをたっぷりとのせた、精一杯のラブレター。

「ジーク、もう一回言って?」
「……なにをですか」
「愛してるって。キスもして!」
「……あなたは本当に、いつまでも子どもですね。愛してます、ティア」

 愛おしそうに目を細めて、ジークはそっとメルティアの唇にキスをする。

「俺の話も、聞いてくれますか?」
「うん。なぁに?」
「昔話です。腰抜け男のくだらない話ですよ」

 クスクスと花のように笑うメルティアの額に、ジークは何度も何度もキスを落とした。

 
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