ピッコマ【選ばれしハンター最強に返り咲く】連載開始!

7正反対のひと

 不機嫌そうに眉間に皺を刻んだディルは、パッとベイリーを見た。

「どういうこと?」
「え!? 知らない知らない!」

 言葉の剣先を喉に突きつけられたベイリーを見て、メルティアは慌てて「あのね!」と声を張る。

「あ、あのね、ジークね、結婚するんだって」

 ディルは真顔で、ベイリーは驚いた顔でメルティアを見る。
 一気にこの場の空気が重くなった。

「は? ティアとじゃなくて?」

 メルティアは身をきゅっと小さくして首を振る。

「ち、違うよ」
「何? どういうこと? 聞いてないけど」

 ディルはまたベイリーを見る。ベイリーはまたもや大げさに首を横に振った。

「だから知らないって! だいたい、最近はジークと顔を合わせてないんだ」
「はぁ? 兄弟でしょ」
「誰のせいだと思ってる。おまえが諸外国周るって、あちこち連れ回すからだろう」

 落ち着きを取り戻したのか、ベイリーは軽く居住まいを正す。

「それに、ジークはティアの騎士になってから城に泊まることが多い。会うことも減ってるよ」

 そこまで言って、ベイリーはハッと口を押え引きつった顔で横目にメルティアを見た。
 メルティアはズーンと肩を落とす。

「ああああ、ティア、ごめん。今のはそういう意味じゃなくて」
「ううん、いいの。本当のことだから」

 ジークの自由を奪っている自覚はあった。
 メルティアのあれしたいこれしたいここに行きたいに、ジークはいつも付き従ってくれる。
 でもそれは、ジークの時間がほとんどないことを意味する。自分の家族に会う時間もないほど。

「って、ちょっと。ジークたちどっか行きそうなんだけど」

 ディルの言う通り、ジークたちは仲睦まじく寄り添いながらどこかに行こうとしていた。
 女の人が前を指さしながら振り返り、ジークの手を引く。

 触れ合っている手と手をメルティアは凝視した。

 ジークはいつも、メルティアが姫だから、エスコートにどうぞと手を差し出してくれる。
 けれど、きっと、あれは違う。

 仕事とか、役目とか、そういうのを全部抜きした、ジーク自身の手だ。

 羨ましい。

 ただのジークと、ああして触れ合えことが。

 メルティアはチラリとジークの手を引く女の人を見た。

 長く艶やかな黒髪が目を引く、ハッとするような美人。目鼻立ちがくっきりしていて、スタイルもいい。遠くからでも目いっぱいのおしゃれをしているのがわかった。

 メルティアは自分の服を見下ろした。特に装飾もないただのワンピース。アクセサリーもないし、化粧はベイリーがお土産でくれた紅くらいだ。
 メルティアには身支度を手伝ってくれる人はいないし、基本的に庭いじりをしているから楽な恰好を選んできたけれど、もしかしたら、ジークはああいう綺麗な人が好きだったのかもしれない。

「とりあえず聞いてくる」

 ディルがジークに突撃しようと動き出した。その腕に、メルティアは慌ててしがみつく。

「だ、ダメだよ。ジーク今日お休みだもん」
「聞く権利くらいはあるでしょ。こっちには兄がいるんだから」
「俺を盾にするなよ」
「ほーら、お兄様。とっとと行って」

 ディルは空いていた左手でベイリーの背中を強く押す。
 それと同時にメルティアの手を引いてジークたちからは視角になる建物の影に隠れた。

「ディルにぃ」
「しー。聞こえるでしょ」

 ベイリーがやれやれとため息をつきながらジークたちに近づく。
 それを物陰からじっと見つめるメルティアたち。
 なんだか悪いことをしているようで、メルティアは落ち着かない。

「ディルにぃ、やっぱりやめようよ」
「結婚するならいつか知るんだし、一緒でしょ」
「そうだけど……」

 はっきりさせるのが、少しだけ怖い。

「それに、これは僕にとっても想定外だからね」

 ほんのり焦りの混ざった声に、メルティアはディルを見る。
 険しい顔をしてジークたちを見ていた。
 何かを考えているのか、時折視線が横に流れる。

「ディルにぃ」
「しー。聞こえないでしょ」

 メルティアの口をディルが大きな手でふさぐ。
 そのままディルは少しだけ顔をだして様子をうかがった。
 ベイリーはすでにジークたちの真後ろにいる。やがて、ベイリーは静かに深呼吸をしてから、ジークに声をかけた。

「や、やあ。ジーク。久しぶり」

 ジークが弾かれたように振り返る。そして少し驚いた顔でベイリーを見た。

「兄上。いらしていたのですか。お久しぶりです。すみません、挨拶もできず」
「いいよいいよ。あー……」

 ベイリーは気まずそうに頬をかいて、コホンと咳ばらいをした。そして、ジークの隣にいる美女に向き直り、綺麗に膝を折って挨拶をする。

「はじめまして。お嬢さん。ジークの兄、ベイリー・フォン・ランストです」
「まあ、ご丁寧に。ご挨拶が遅れてすみません。シーラ・エルノアと申します」

 ベイリーは少しだけ談笑を挟んで、ジークとシーラを見比べる。

「それで……大変失礼なのですが、ジークとはどのようなご関係で?」
「友人ですわ! 今は、まだ」
「……」

 沈黙するジークをベイリーはチラリと見やった。
 何も言わないということは事実らしい。

「そうでしたか。呼び止めてすみませんでした。それじゃあジーク、また」
「はい」

 ジークは軽く会釈をして、そのままベイリーに背を向ける。
 そして、チラリと一瞬だけ背後を見た。
 見つかりそうになったディルは慌てて首を引っ込める。

「あーあ。これはバレてるな」
「ジーク勘がいいもん」
「まぁ、あれは才能だよ。もともと、ティアの騎士にならないなら、いずれ騎士団長になってもらうつもりだったし」
「そうだったの?」
「そう。でもジークが、どうしてもティアに仕えたいって」
「…………」

 メルティアは沈黙する。

「てっきり、片時もティアと離れたくないからかと思ってたんだけど」
「……そんなこと、ありえないよ」

 もしそうなら、とっくにメルティアの恋は叶っているはずだ。

「……なんだか嫌な予感がするなぁ……」

 建物に背中を預けたまま、ディルが小さく呟く。
 と、そこに役目を果たしたベイリーが戻ってくる。

「おかえり」
「ただいま。聞いてただろ? 友達だってさ」
「今はまだ、ね」

 ベイリーが気を紛らわすように咳をする。

「シーラ・エルノアだっけ? ジークその子とどこで知り合ったわけ? もともと知り合いとかじゃないでしょ?」
「うーん。俺が知ってる限りではいなかったね」
「最近ってこと? でもジークの生活って、朝昼晩、いつでもティアじゃん」

 ディルとベイリーから視線を向けられて、メルティアは小さい体をさらに小さくした。

「ティア、ジークにそんなに休みあげてたの?」
「う……。その……あ、あんまり……。たまに半日とか……」

 ジークが「休みはなくてもいいですよ」なんて言うからメルティアはそれに甘え切っていた。
 メルティアはジークといれるのが嬉しかったから、それをそのまま鵜呑みにしていたけれど、今思うとそれは良くなかった気がする。もっとジークのことを考えるべきだったのかもしれない。

「じゃあいつ?」
「さぁ……?」

 意味のない会話に、やがて沈黙が落ちる。
 ディルとベイリーは顔を見合わせて、険しい顔をした。そして、重々しく口を開く。

「……しかもさ、ティアと正反対じゃない?」