「これは?」
「それティアに似合うのだろう? 賢そうな美人って言ったらこっちじゃないか?」
「でもそれ、ティアに似合うはずないし」
「……それは、まぁ」
ブティックでワンピースやらドレスやら片手に言い合いをしているディルとベイリーに、メルティアは苦笑を浮かべる。
「うちにも専属の仕立て人とかいたらピッタリのが作れたんだけど」
ディルがメルティアに服を合わせながらそんなことを口にした。
「専属?」
「よその国の王族は多いらしいよ」
「そうなんだ」
「他の国は着飾ったり煌びやかに茶会開いてばっかだよ。やってることはくだらない牽制。頭の中は金金金。僕はつくづくこの国に生まれてよかったって思ったね」
愚痴にも聞こえる言葉だが、メルティアは少しうれしかった。
ディルはよその国に行っていろいろ見てきたが、それでもこの国が好きだと言っているのだ。
「わたしもこの国好きだよ」
「ティアはそうだろうね。そうじゃなかったら驚く」
「どうして?」
「だって、この国は、ティアのためにあるようなものだし」
メルティアは何度も目を瞬いて首をかしげる。
「どういう意味?」
「そのまんま。あ、これは?」
「わぁ、かわいい!」
ディルが白地に金の装飾が施されたワンピースを手に取った。体にぴったりと張り付くようなデザインだ。
「でもこれ、正装と似てるかも?」
「たしかに。あれはもっとふわっとしているけどね」
真っ白のストレートラインのワンピースにわずかに透ける袖がこの国の正装だ。
ドレスというより、どこかの神話の女神が着るような服に似ている。
「これならそこそこ賢そうにも見えるし」
「でも汚れちゃう……」
「その貧乏臭い考えやめてよ」
「まぁまぁ、とりあえず買ったらいいんじゃないか? 汚れそうなら街に行くとき用にしたらいいし」
メルティアは「それなら」とうなずく。ならばとばかりに、ベイリーが後ろに隠していた服をどさどさっとメルティアに押し付けた。
「……ベイ?」
「うん? 全部おすすめ」
輝く笑顔にメルティアはしり込みした。
「こんなに買えないよ。ねぇ? ディルにぃ」
「城の財政今ティアが握っているようなものだし、別にいいんじゃない?」
「だ、だめだよ」
「なら、何着か選んだらいいさ」
そういうことならと、メルティアはその中でも特別ジークが好きそうなのを選んだ。
「本気でそれにするの?」
「うんっ」
「でもティアにはこっちの方が似合いそう」
「いいの。これにする」
だって、これの方が、ジークの隣にいた女の人の雰囲気と似ている。
ジークの好みになると決めたのだから、メルティアの好みは二の次だ。
「ティアがそれでいいならいいけどさ」
メルティアは珍しく新しい服を3着購入した。
それから次に、あまり手をつけたことのないお化粧道具を見ていく。
一応、公式の場に出るときに着飾ったりはするのだが、その日はドレスアップが得意な人を特別に呼んでいるのだ。
メルティアが日常で化粧をすることはなかった。
メルティアは可愛い瓶や容器に入っているお化粧道具を見ては、遠目に見た女の人の顔を思い浮かべる。
「ねぇベイ。あの人唇の色どうだった?」
「赤かったと思うけど……ティアに深紅は微妙じゃないかい?」
「いいの」
だって、ジークの好みはああいうハッキリした美人なのだから。
「まつ毛も長かった気がする……」
「ティアもともとまつ毛長いからさらに長くしたらバランス悪くない?」
「でもジークの好みになるって決めたもん」
ディルとベイリーが顔を見合せて肩をすくめる。
「濃くすればいいってものでもないでしょ。バランスとか、まとってる雰囲気とか」
「雰囲気……」
身にまとっている雰囲気が好みだなんて、あまりにも難題すぎやしないだろうか。
メルティアは少しだけ途方に暮れた。
「わ、わたしの雰囲気って、どんな感じなの?」
「こう、ふわふわ〜みたいな」
「……あの人は?」
「パキッ」
「……全然ちがう……」
ショックを受けて手が止まったメルティアの顔に、ディルがいろいろ塗りたくっていく。
白粉をはたいて、紅を塗って、目のまわりを彩って大きくして。
「うん。まぁまぁ」
「おまえ、出来ないことあるのか?」
「ないけど」
「自信満々に言うな」
メルティアの前に鏡が差し出される。
そこにいたメルティアは、いつもより大人っぽい雰囲気をまとっていた。目のまわりが少し濃くなって、唇もいつもより赤い。
子どもっぽい気弱な感じは減っている。
「ディルにぃすごい!」
「完全に同じにしなくたっていいでしょ。ティアはティアなんだから」
「わたしはわたし……」
「そうだよ。ティアはティア」
メルティアは小さくうなずいて、ディルのアドバイス通りに試しては、気に入ったのをいくつか買った。
お店を出たときには、少し気分が晴れやかだった。天気もそんなメルティアの気持ちを写し取ったかのように快晴だ。
「ディルにぃ、わたしがんば……る」
歩き出したとこで、角を曲がってきた人とぶつかりそうになった。
「きゃっ、ごめんなさい」
「……すみません。少し考えごとをしていまして……お怪我はありませんか? メルティア様」
頭上から降ってきた声にメルティアは固まった。よく見れば、自分を支えてくれている腕はよく見知ったものだ。
「じ、ジーク!」
メルティアは急いで距離を取った。
メルティアの顔を見たジークがほんの少しだけ驚いた顔をしたのをメルティアは見た。
さっそく効果があったのかもしれないと、心の中でちっちゃくガッツポーズをする。
「ティア平気?」
「あ、ディルにぃ。大丈夫だよ。ジークだったから……」
ディルを振り返って、もう一度ジークを見て、メルティアはジークの半歩後ろに先ほどの美女がいるのに気づいた。
目が合うと、美女はきれいに微笑んで会釈する。
「あぁ、彼女はシーラ・エルノア。花の匂いを集める香料系の店開いているエルノア家の娘ですよ」
「お目にかかれて大変光栄です、メルティア様。お噂はかねがねうかがっております」
うわさってなんだろう? と思いながら、メルティアも会釈をする。
「はじめまして。メルティア・P・ファルメリアです」
質素な挨拶になってしまったが、この国の姫ですと言うのも違う気がしたし、ジークの主人ですと言うのも違う気がした。
そもそも、メルティアは知らない人との会話があまり得意ではないのだ。
何を話したらいいのかとそわそわしていると、後ろにいたディルが挨拶をしたのでホッと息を吐いた。
そして、一歩後ろに下がって待っていると、妙に視線を感じてメルティアは顔をあげる。ジークだった。
じぃっとメルティアの顔を凝視している。
やっぱり、ジークはこういう雰囲気が好きなのかもしれない。
メルティアは確信した。
それならばと、メルティアは意を決してジークに話しかけようとした。
「あの、じ……」
「ジーク。あまり長居すると悪いわ」
「あぁ。それではメルティア様。また」
「えっ、あ、う、うん」
スッとメルティアの隣をジークが通り過ぎていった。
その一瞬の何気ない動きに、メルティアの心の奥がズキッと大きく痛んだ。
はじめてだ。
ジークが、メルティアより他の何かを優先したのは。
「ティア?」
でも、考えてみたら当たり前なのかもしれない。今のジークは仕事はお休み。メルティアの騎士ではない。
メルティアの騎士ではないジークが、メルティア以外の大切なものを優先するのは、当然だ。
「……先が思いやられるねぇ、メル」
メルティアの瞳ににじんだ涙を、チーがふわりと吹き飛ばした。
メルティアが手のひらにぎゅっと爪をたてて、懸命に泣かないようにしているのに気づいていたから。
「ジークはロマンチストだって言ったろ?」
「どういう意味か、わからないよ……」
ジークのどこかロマンチストなのか。
たとえロマンチストだったとして、それはメルティアに対してではないはずだ。
だって、ジークの大切な人は。
メルティアではないのだから。