ピッコマ【選ばれしハンター最強に返り咲く】連載開始!

おまけ1

 その日、メルティアはジークと一緒に花畑へ来ていた。

 目的はキノノタケの採取だ。
 黄色くて、黒い点と、青い渦巻きがあるという非常に毒々しい見た目のキノコなのだが、適切な調合をすれば薬の材料になる。ただし、そのまま食べた場合、全身が痺れる危険なキノコでもある。

 ジークと一緒にしゃがみながらキノコを採っていたメルティアは、ふと思い出したように顔を上げた。

「ねぇ、ジーク」
「どうした?」
「ジーク、どうして縁談なんて受けてたの?」

 ギシっと、ジークの手の動きが止まる。
 聞かれたくないことを突っつかれたらしく、かすかに冷や汗が浮かんでいる。

 メルティアがじーーっと見つめ続けると、ジークは引きつった顔でメルティアを見た。

「……なんですか、藪から棒に」
「ここ、エルダーのことがあった場所だから……」
「……」
「あのとき、ジークが結婚するって知って、ジーク離れをしようと頑張ってたときだったもん」
「……それで急に騎士を増やすとか言ってたのか」

 ジークが思い出すのも嫌そうに鼻の頭にしわを寄せる。

 メルティアはぐいっとジークに顔を近づけて詰め寄った。
 目は悪を裁く司法人のようにギラギラと輝いていた。
 絶対に噓を見逃さないという強い意志が見える。

「で、どうして?」

 ジークは少しのけぞってメルティアから距離を取る。
 ぐいぐい顔を近づけてくるが、愛らしい顔をしている自覚がないのか、はたまた恋人になった感覚がまだ薄いのか、あまりにも無防備だった。

「……それは、まぁ、何と言いますか。あなたに新たな道を進んでもらうためでしょうか……」
「どういうこと?」

 ジークは小さく息を吐いて、姿勢を正す。
 手前にあったキノコを採りながら、ぽつりと呟いた。

「昔、約束をしたでしょう。十年経ったらもう一度考えると」

 メルティアが五歳のとき、ジークにはじめて告白したとき言われた言葉だ。
 そのときにメルティアは「約束ね!」と言って、妖精たちに教えてもらった遠い国の約束の仕方をした。
 小指を絡める不思議な約束方法。

「ジーク、覚えてたの?」
「忘れませんよ。あなたとの約束を」

 メルティアはその言葉にぐっと胸が詰まった。

 覚えていた。
 ジークは、メルティアとの約束をちゃんと覚えていたのだ。

 胸がすっとすくような、春のあたたかい風が吹き抜けたような気持ちになる。

「そ、そっか。ジーク、覚えてたんだ」

 メルティアは照れくささを誤魔化すようにキノコを毟った。

「はい。十年経って、もう一度よく考えた結果、やっぱりあなたは別の人と幸せになるべきだと思いました」
「どうしてそうなるの?!」

 毟ったキノコを放り投げて、メルティアはジークに詰め寄った。

「それはほら、話したでしょう?」
「で、でも、わたしは、ジークが好きだったのに」
「だからですよ。あなたが何年経っても昔と変わらない目で見てきたから」
「じゃ、じゃあ、ジークは知ってたの? わたしがジークのこと好きって……」
「わからない人のほうがいないのでは?」

 メルティアはかぁっと顔を赤らめて、視線を下げてキノコをブチブチ千切った。

 筒抜けだったのだ。
 メルティアの大切な恋心は、伝えるまでもなくボロボロにこぼれていた。

「まぁ、結局、未練があって実行するのに一年もかかりましたが」
「……未練があったの?」
「このまま有耶無耶にしてしまってもいいのでは、なんて考えたときもありましたよ。でもそれは、あなたのためにも良くないと」

 ジークも葛藤していたらしい。

「どうして、急に?」
「俺に縁談が来ていることを知りました。父が隠していたようですが、偶然。ちょうど、あなたとの約束から一年経っていましたし、きっとこうするべきなのだろうと」
「……」

 メルティアは不満げに口を尖らせる。
 ジークの気持ちもわからなくはない。
 それでもメルティアは、すべてを投げ出してもメルティアを選んでほしかった。

 だってメルティアは、ジークと一緒にいられるのなら、国を捨てたってかまわなかったのだ。

「相談してくれたらよかったのに」
「俺は知らないことになっているので、口外しないのを決めていたのもありますが……。相談なんてしたら、あなたは意地でも離れようとしないでしょう?」
「……」

 容易に未来が透けて見えてメルティアは沈黙した。

「わ、わたしは。平気だったもん。もしも何かを言われたとしても」

 そう口にしたけれど、メルティアは視線を揺らして口を閉じる。

 もしも何かを言われるとしたら、メルティアだけじゃない。ジークもだ。
 たしかにそれは、嫌かもしれないと思った。

 自分と結婚したせいでジークが悪く言われるとわかっていたなら、メルティアもためらったかもしれない。

「あなたはまだ16でしょう。子どもだ。その気持ちが変わらないとも限らない」
「変わらないもん!」
「今はそうだとわかりますが、当時はそうではなかったので」

 黙り込んだメルティアに、ジークが目を細めて笑いかける。

「俺が嫌だったんです。あなたが傷つくのを見るのが。一国の姫なのだから、気軽に辞めるなんて言えない。結婚となったら一生だ。一生、ひそひそとささやかれ、死んだあともいろいろと書かれるかもしれない」
「でも、どこか二人で、こっそり暮らすとか。ジークと一緒なら、この国じゃなくてもよかった」

 ジークはメルティアを凝視して、苦笑いをする。

「あなたに家族を捨てろとは言えませんよ」

 メルティアは何も言えなかった。

 本当の家族がいないと知ったジークは、もしかしたらずっと家族に飢えていたのかもしれない。
 メルティアが兄と仲がいいのも、父と母にたいそう可愛がられて守られてきたのも、ジークにはどう映っていたのだろうか。

「け、結婚したら、ジークにも家族ができるもん」
「……」

 今度はジークが沈黙する。

「何を言っているのかわかっているのか?」

 メルティアはコクコクとうなずいた。

 結婚して、子どもができたら、ジークにも正真正銘血のつながった家族ができる。
 自分には血のつながった家族がいないと、捨てられた子だからと、負い目を感じることもなくなるはずだ。

 メルティアはチラリと上目にジークを見つめた。
 ジークはメルティアを凝視していた。瞬きもせずガン見だ。

 そんなジークの視線に驚いて、メルティアは少しだけ身を引いた。
 なんとなく、危険を感じたのだ。
 ジークに危険を感じるなんて不思議な話だが。

「ど、どうしたの?」

 ジークがメルティアの手を引く。
 驚いてジークのほうへと倒れ込んだメルティアの首筋に、ジークの顔が埋まった。
 首筋に綿毛が触れたようなこそばゆさが襲ってきて、メルティアは小さく身震いをした。

「……っ、」

 きゅうッと身を固くする。
 首を軽く吸われた気がして、メルティアの体が驚いて跳ねた。

 行き場のない手でジークの服をきゅっとつかむと、ジークが疲れたように大きなため息をついて、メルティアの肩に額を押し当てる。

「ジーク……?」

 ジークがぼそぼそと話す。

「……なるべく早く婚姻を結びましょう」
「え? うん、いいけど。何かあった?」
「タガが外れかかっていると言いますか……」
「タガ?」

 純粋でキラキラした瞳に見つめられて、ジークはいたたまれなさを感じながらふいと視線をそらした。

「人の欲望とは恐ろしいものですね……」

 メルティアは首をかしげてにこっと笑うと、ジークの隣に詰め寄ってピタリとくっついた。
 そしてジークの腕にもたれかかるように頭を預ける。

「……メルティア様」
「ティア!」
「……ティア、もう少し距離をとったほうがいいかと」
「いいの。今誰もいないもん」
「……」

 誰もいないから危険だと言うことをジークは口にするか迷って、結局言わなかった。
 こうもにこにこくっついてくるのも信頼しているからだろう。

「……あなたの信頼を裏切らないよう、精一杯頑張ります」
「うん?」
「いいえ。こちらの話です」

 ジークは片手でメルティアの小さな頭をなでて、また静かにキノコを採りだした。

「帰ったらお茶にする? ここにね、珍しいハーブが生えてたの」
「いいですよ。ああ、メイドたちが今日はパンケーキを焼くと言っていましたね」
「え! 本当? じゃあはやく帰ろう!」

 ニコニコと言いながら、メルティアはジークにぴったりくっついたままだ。
 ジークが器用に片眉を上げてメルティアを見下ろす。

「あなたも手を動かしてください」
「だって、もう少し、ジークとこうしていたいもん」
「……いつか襲われても知らないぞ」
「うん? ピンチのときはジークが守ってくれるもん」
「……努力します」

 べたべたと甘い空気を見守っていた妖精たちが、クスクスと笑いながら祝福の粉を撒いた。