ピッコマで小説2作連載中!

1はじめての地上は危険だらけ!?

 世界の平穏を維持するため、厳しい教育を受けて十数年。

 私、リィル・クラッドには、だれにも言えないヒミツがある。

 ひとつ目は、ものすごくリアルな夢を見ること。

 海底ではない、地上の夢。

 空飛ぶ船に、不思議な力を使う『石持ち』、そして見たこともない生きものが住むワクワクの世界。
 私は空飛ぶにのって世界を冒険する人たちを、背後霊みたいに眺めている。
 常にトラブル、事件!
 アトラクションみたいに楽しい夢!

 一度だけ、お兄さまに音も匂いも本物みたいな夢を見ると自慢したことがある。
「リィル、それは病気って言うんだよ。次も見たら報告すること」と半笑いで言われたので、怒りに枕を噛みちぎりながら、今後一切話さないと固く誓った。
 失礼なお兄さまである。まったく。

 ふたつ目は、ごくまれに、石を触ると映像が見えること。

 しかも、夢に出てくる人と、映像の中の人が似ている。完全に一致しているわけじゃないんだけど、雰囲気や立ち姿、顔立ちがそっくりだ。
 この二つ、どうやら関係があるみたい……!?

 私は名探偵よろしく、世界中の石を集めて謎を解き明かすことに決めた。地上に行けるようになったら、絶対にやりとげてみせると!

 そうして今日、ついにその一歩を踏み出す──!

「うわぁ……っ! ここが、地上!」

 目の前には、白い石畳が続く大通り。

 ズラッと立ち並ぶ二階建ての壁は、磨き上げられた真珠のごとく艶やかに光り、丸い屋根は海底名物マーメロンのように深い青。
 奥に見える広場の噴水では、てっぺんに透明な水の花が咲き、キラキラと細かい光の雨を降らせていた。

 ココは、世界を治める海の使族お膝元の地上都市、アクアバース。
 世界中からあらゆる物資が集まる、全世界憧れの大都市だ!

 それにしても、海のなかとはけっこう違う。
 空にキラッキラの宝石──じゃなかった、太陽がある!
 夢で見たのと似ているし、どこの太陽も同じようなものなのかな?

 潮風にのって楽しげな笑い声と、たくさんの楽器が奏でる軽快な音楽が聞こえてきた。
 メインはラッパだろうか?
 体をゆすりたくなるような、跳ねるリズムだ。

 なんだか楽しいことが起こる予感がする!

 軽く体をゆらしてリズムをとっていると、突然ぶわっと突風が吹き荒れ、顔にかかっている白いベールがめくれそうになった。

 その瞬間、半歩前にいたお兄さまがバンッとハエを叩くみたいにベールごと私の顔を押さえつけた。
 ……お兄さま、もう少し妹のかわいい顔を大切にあつかってくれませんか?

「うぅ、鼻が……」

 不意打ちでぶっ叩かれた鼻を片手で押さえる。

「あぁ、ごめんごめん。リィルがぼーっとしてるから。ほら、ちゃんとベールを手で押さえて」

 お兄さまは私の鼻をキュッキュッと摘んで元にもどす。
 はたして本当にもどっただろうか……。家に帰ったら鏡でチェックしないと。鼻がぺちゃんこになっていたら大変だ。
 お兄さまに慰謝料を請求しなきゃ。

「このベール、ペラペラしていますし、風が強すぎるから完全防御は無理だと思いますの」

 頭からかぶせられている花嫁のベールのような薄い布。ミラーベール。

 こちら側からは見えるけれど、反対側からは見えないという特別な布だ。
 ちなみにお兄さまはつけていない。私だけがつけている。海の使族半人前の印らしい。
 見習い初心者マークみたいなものだろうか。

「うーん。新しく改良してもらうか。頭巾みたいにするとか」

 それはちょっとダサい気がするから嫌だなぁ。家に帰ったらお姉さまに相談しよう。
 お兄さまがミラーベールをダサくしようとしているけど、どうしたらいいですかって。

 心のなかのやることリストにメモをして、私はベールを軽く押さえながらチラリと街を見た。
 お仕事が終わったらめいっぱい観光するって約束だから、今はガマン。

 周りに白い軍服を着た警護を侍らせて、進軍のごとくゾロゾロと街の中を歩く。

 歩くたびに人が左右に割れ、私たちが歩き終わるのを待つように動かず道をゆずってくれる。
 なんだか異様な光景である。
 いや、敬われていると聞いてはいたけれどもね。

「お、お兄さま。これが普通なんですの?」
「星軍が厳重警備するのなんか、海の使族しかいないだろう?」

 それは、そう。
 それに私は半人前マークつきだし、海の使族だと一目瞭然。
 でもでも。もっと気軽な観光気分だったんだけども? 思っていたのと違う。

「お兄さま、今日の公務、私は見ているだけでいいんですのよね?」

 一応あらためて確認しておく。
 仰々しい雰囲気にちょっと不安になってきたのだ。今日が公務デビューなんて言われたら、私はパニックになる。

 我が兄はほがらかに笑いながら、毒舌を発揮する。

「もちろん。今のリィルが手を出したら、船も海もめちゃくちゃになるよ」

 失礼な。
 たしかにまだ半人前だし、海の使族の力だってお兄さまほど上手に使えないけれど、そこまでひどくはない。
 地上に行く野望のためたくさん勉強したし、成人したのだから。
 もう十三歳! 立派な大人である。

 ベールの下でお兄さまに舌を出し、ふんっと顔を背けて歩く。
 そして、アクアバースの名物ともいえる巨大な港に着く──手前で、甲高い声が響き渡った。

「キャアァアアア!」

 耳を刺すような悲痛な声。街全体のざわめきがピタリと止む。

「な、なにっ?」

 悲鳴!?
 なにが起きたの!?

「リィル! 動かないで!」
「う、うんっ」

 すぐさま護衛たちが白いマントを翻し、私たちを厳重に取り囲むように動いた。私とお兄さまを中心にして、背中合わせの円形になる。
 剣や銃を構える音が響く。平和な観光が、突然サバイバルになったみたいだ。

 私はお兄さまのローブをぎゅっとつかんだ。それはもう、思いっきり。
 危険の臭いがするときは、強い人の近くにいるのが一番だ!

 緊張感のただよう空気のなか、街の人々も不安そうに足を止めてあたりを見回している。

「な、なにか事件ですの?」
「その可能性が高い。護衛の一人を捜索に向かわせる」

 お兄さまの厳しい眼差しが周囲を見渡す。
 私も異変を探すため、前、後ろ、右、左を確認してみるけど、護衛たちが視界を遮っているせいでよく見えない。

 ならば──と空を仰ぎ見ると、視界の端に影が映った。

 丸い屋根の上に、だれかいる。

「お、お兄さまっ!」

 慌ててお兄さまの服を引っ張り、真っすぐ屋根の上を指さす。
 逆光に隠れて顔は見えないけれど、離れた屋根の上に人がいる。そして、その手には、ギラリと光るナイフらしきものが握られていた。

 次の瞬間、その人影は身を翻し、屋根の上をジャンプして飛び移るように渡ってきた。

 こっちに来る!?

 輪郭しかわからないが、動きに迷いがない。
 さらに、手に持っていたナイフをこっちに向かって投げつけてきた。続けて三本。多い!

「きゃあああ!」

 悲鳴がまた響き渡る。街の人々がパニックにおちいり、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。我先にと駆けだし、前の人を押して、人混みをかき分ける。

 お、落ち着いて!
 とは思うものの、私だって逃げたい! ギラリと太陽で反射する鋭いナイフが、こっちに……!

 そんな大パニックの場に、澄んだ声が響く。

「《ムサンシオ》」

 聞きなれた声が空気を震わせた瞬間、水の粒子が一斉に集まり、透明なシールドを形成する。
 放たれたナイフがシールドに衝突し、そのまま勢いを失って地面に落ちた。

「お兄さま!」

 やった! さすがお兄さま!
 なにも恐れることなんてない。こっちには、歴代の海の使族の中でも優秀と言われるお兄さまがいるもの!

 ふふんと屋根の上にいた人物を見る。
 ちょうど太陽に雲がかかったおかげで、顔がハッキリと見えてきた。

 男だ。

 濃い緑の髪に、オレンジがかった瞳。お兄さまと同じくらいの歳に見える青年だ。黒いズボンに白いタンクトップ姿。重たげな装備はなにひとつない身軽な格好。

 その姿が網膜に焼きつき、頭の奥を揺さぶる。

 ……あれ。

 あの人、どこかで見たことがある気がする。

 でも、どこで?