第2回ピッコマノベルズ大賞佳作受賞作「今世は継母」連載中!

2夢で見た男

 どこで見たんだっけ。
 ううん、私は地上に来るのははじめてだし、見覚えがあるほうがおかしい。けど。

 どうしてだろう。

 嫌な予感が止まらない。

 屋根の上にいる緑髪の男は、右手に巻かれていた白い包帯を解き、手のひらをこちらに向けた。かすかにニッと笑ったのが見える。

 あの、シルエット。髪色。右手。
 頭の奥がチリチリする。

 私は、どこかで、あれを……。

「オルキ様、お気をつけくださいっ!」

 護衛のひとりが叫んだ。そして手に長剣を正面に構えたまま、守るようにお兄さまの前に立った、が。
 その瞬間、その護衛は突如気を失ったみたいに力が抜け、膝から崩れ落ち、その場で前のめりに倒れこんだ。
 星軍の純白のマントが虚しくなびく。

 ゴンッと、額を打ちつけた音がした。
 でも、痛がるそぶりもなく伏せっている。

「え?」

 ……今、なにが起きたの?
 まさか、攻撃された?

 でも、なにも見えなかった。

 そもそも、攻撃って?

 ……海の使族に向かって?

 そんなことが、あり得るの?

 お兄さまも目を見開いて一瞬固まっていたけれど、すぐに厳しい目を緑髪の男に向ける。

「《ムサンシオ》」

 お兄さまが低く呟くと、かすかに青い光を帯びた水の壁が現れ、私たちを守るようにぐるっと周囲を取り囲んだ。

 よかった、お兄さまの強力なシールドだ。これがあれば、どんな攻撃だって弾き返す!

 ほーっとお腹の底から息を安堵の息を吐いた、瞬間。また別の護衛が地面に倒れた。

 えっ?

 そしてまた一人、また一人と、私たちの周りにいた護衛が次々に倒れていく……。

「え、え、どういうことですの!?」
「シールドが効かないのか?」

 お兄さまか唸るように呟く。
 ええっ、まさかそれって、ピンチってこと!?

 動揺しながら、とりあえず倒れた星軍の一人を揺すってみる。起きない。というか、安らかな顔をしている。今っ、口がむにゃむにゃ動いたけど、サボってるわけじゃないよね?

 むーっと不信感を抱いて、適当に近くにいた人の頬を引っ張ってみる。むにーっと伸びた。起きない。

 と、そこに小さな舌打ちの音が聞こえた。

 乱暴にしたから怒られた!?
 慌ててパッと手を離し、両手を後ろに隠す。証拠隠滅だ。

 そのままぐりんっと首をひねりそっぽ向いたら、屋根の上にいる男と目が合った。反射的にビクリと肩が跳ねる。

 ものすっごい敵意。
 目が合っただけで感じる、ビリビリとした焼けるような殺意。

「せっかくターゲットに遭遇したってのに、数が多いと厄介だな」

 男の唇が醜く歪む。
 ターゲットって、なんのこと?
 まさか、私たちのことじゃないよね?
 そんなバカな。海の使族は敬われているはずでしょう?

 鋭く冷たい眼差しに射ぬかれて、そんな生ぬるい考えは吹き飛んだ。

 私の前にいたお兄さまが舌打ちをし、人差し指を上に向け、そのまま軽く回す。
 その瞬間、青い光をともなって上空に現れた大量の水の槍。ひとつひとつが硬度を持ち、太陽の光を受けて鋭く輝く。

「行け」

 お兄さまが手を真横に振り払うと、水の槍が一斉に男に向かって飛ぶ。

 屋根をえぐる勢いで槍が着弾し、水蒸気が上がる。でも、男は軽々とステップを踏んでお兄さまの攻撃をかわしていた。

 男の手のひらが、またこちらに向く。

 やや上を向いた角度だったから、太陽の光がその手のひらの中心を輝かせた。

 キラリと光る、見覚えがあるもの。
 男の手のひらの中心に埋めこまれた、黄色く細長い石。

 それを見た瞬間、私の脳天に雷が落ちた気がした。ただ呆然と、その石を見つめる。

 物心ついたころから、たびたび見ていた不思議な夢。すごくリアルで、音も匂いも本物みたいに感じられた夢。

 その夢では、空飛ぶ船に乗って冒険する人たちを眺めていた。
 摩訶不思議なワクワクの世界で、不思議な生きものや、食べもの、アイテムがある。

 なによりも、その夢には不思議な力を使う人たちが登場した。
 石持ちと呼ばれたその人たちは、体のどこかに宝石のような美しい石が埋めこまれていて、それぞれ異なった力が使える。

 そして、私は、この黄色い石と同じものを、夢の中で見た。

 ……でも、あれはただの夢のはずでしょう?

 男の手のひらにある黄色い石が、ほのかに光った。

「リィル!」

 前にいたお兄さまがハッとしたように振り返り、そのまま大きな体で私をぎゅっと抱きしめた。全身で私を隠すみたいに包みこむ。

「……っ」

 耳元で、お兄さまの小さなうめき声が聞こえた。そのすぐあと、大きな体から力がぬけ、私の体にのしかかってくる。
 そのまま私を押しつぶすように倒れこんできたから、一緒になって地面にひっくり返った。

「お、重い……っ! お兄さま! 大丈夫ですか? なにが……」

「ふんっ、デカいほうを仕留められたか」

 風にのって冷たい声が届く。
 その言葉に、背筋が凍った。

 デカいほうって、まさか、お兄さまのこと?
 仕留めたって……?

「あそこだ! 海の使族の護衛を! 犯人は取り逃がすな!」

 増援が来たのか、白い軍服が街路を駆けてくる。お兄さまと戦っていた男は一瞬そちらに視線をやり、舌打ちをすると屋根を飛ぶように渡って逃げていく。

 私は震える手でお兄さまの体をゆさぶった。

「お、お兄さま? お兄さま!」

 いつもの綺麗な横顔。
 でも、いつもと違うのは、目を開けてくれないこと。

 お兄さまの下からなんとか這い出て、周囲を見る。てっきりケガをしているのかと思ったけれど、血は見当たらない。

 嫌な予感が、ぶわっと押し寄せる。
 胃がキリキリと痛んだ。呼吸が苦しい。

 そんなはずない。あるはずがない。
 だって、あれは夢。
 ただの、夢なのに……。

 頭の中で、夢で見た断片的な映像がフラッシュバックする。

 手のひらに、黄色い石を持つ、『石持ち』の男。その男は、対象を眠らせることができた。

 ただの眠りではない。

 永遠に目覚めることのない、深い深い、眠り。

 違うよね?
 そんなはずない。夢だもの。ただの、夢。

「お兄さまっ、起きてください! 街中で寝るなんて……っ」

 夢だって、そう思っているのに、目の裏が熱くなって、視界がにじんでくる。
 目の前が、歪んでよく見えない。

「リィル様……」

 肩にそっと、手が置かれた。
 白い軍服。新しく来た援軍だ。白ひげの生えた屈強な老兵が、お兄さまのそばに跪いて、脈や呼吸を確認する。

 私は両手を組んで祈った。

 なんともありませんように。
 ただ、気絶しているだけだって。
 すぐに目を覚ますって、そう言ってくれないと。

 老兵がゆっくりとふり返る。
 眉が下がり、やるせない表情。
 白いマントが、悲しそうに風になびいていた。

「一度戻りましょう、海底に」

「……」

 唇が震えた。
 うつむいて、ぎゅっと手のひらを握りしめる。堪えきれなかった涙がポタリと地面に落ちた。

 今日は、観光で、楽しい日になるはずだったのに。

 生まれてはじめての地上。

 何度も憧れて、ずっと楽しみにしていたのに。

 どうして?

 あのとき、お兄さまは私をかばった。
 私がぼーっとしていたから。だからお兄さまが代わりに……。

「ぅ……おにいさま……」

 お兄さまの体をそっと抱きかかえた星軍の老兵と一緒に、私は海の中、アクアドリームへと帰った。