1 プロローグ_幼き日の約束

 それは、遠い遠い国の、忘れられた物語。

 巨大な大陸、アステリアの端に位置する小国、ファルメリア。
 数多の大国が見向きもしないような、のどかでちっぽけな国だった。

 国中に花壇が設置され、色とりどりの花が咲き乱れる。
 そんなファルメリアを、大国の人々はこう呼んだ。

『花と笑顔の国』

 聖地、侵すべからず。

 精霊の怒りを買いたくなければ。

 
◆◆◆

 小さな国の中で一番大きな建物。ファルメリア王国、王城。
 壁は白銀のように輝き、屋根は晴天の空のように青い。敷地内にある広大な庭園は、色とりどりの花で埋めつくされている。

 そんな庭園に、やや年季の入った木製ベンチがひとつ。
 大の大人が三人も腰かければ、たちまち壊れてしまいそうなそのベンチに、年端もいかない少女と、青年へと変化しつつある黒髪の少年が並んで腰かけていた。

 少女は落ち着かなそうに両の指先を絡めていじり、やがて意を決したように顔をあげて、真っ直ぐに少年を見つめた。

「あのね、ジーク」
「うん? どうしたんだ? ティア」
「あのねっ、ティアね、大きくなったら……お、大きくなったらっ、ジークのお嫁さんになりたい!」

 まあるく大きな金色の瞳に、バラ色のほっぺた。にごりのない黄金の髪はきれいに波打ち、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 少女の熱のこもった瞳を受けた少年は、一瞬面食らった顔をして、すぐに子どもの戯言だと、慈愛の笑みを浮かべた。

「なにをいってるんだ。ティアはお姫様だろ?」

 いい聞かせるように、少年はそう口にする。

「ティアにはもっと、ふさわしい人がいる」
「ふさわしい、って、なぁに?」
「そうだなぁ……隣国の王子様とか、歴史ある貴族とか」

 それを聞いた少女は、ムッとしたようにふくれっ面をした。

「ジークもエライひと、って聞いたもん」
「……誰に聞いたんだ、そんなこと」
「おじさま!」

 ジークは小さく肩を揺らし、難しい顔をする。
 そして、不思議そうにしている少女を見て、あわててつくろったようにほほ笑んだ。

「俺は、次男だからなぁ」
「じなん?」
「簡単にいうと、そのうち家を出てくってこと」

 少女は目をまんまるくして、首を横にたおした。

「じゃあ、ジーク、ティアと暮らす?」
「どうしてそうなるんだ」
「ティア、おうちなくてもいいもん」
「……」
「あっ! あのねっ、ティアいいとこ知ってる」
「いいとこ?」
「うんっ! 秘密基地! ジーク、そこでティアといっしょに暮らそう?」

 直球な口説き文句に呆けた顔をしていた少年は、深く息を吐いて、脱力したように肩から力を抜く。
 そして何度か深呼吸をすると、少女をなだめるように、大きな手のひらを小さな頭の上にのせた。

「ティアは、まだ5歳だろ? そういうのは、ティアが大きくなってからな」

 少女はしばらく黙りこんで、口を真一文字に結んだまま、ジッと地面を睨んだ。

「ティア?」
「じゃあ、ティアが大きくなったら?」
「そうだな……。あと十年ぐらいしたら、また考えるよ」
「ほんと!?」

 パッと、少女の瞳が輝く。そして満面の笑みで少年に向かって小さな小指を突き出した。

「じゃあ、約束!」
「小指?」
「小指と小指を絡めるの! 遠い国の約束のしかたなんだって!」
「ああ、妖精たちに聞いたのか」
「うん! はい、ジーク小指!」
「……しかたないな」

 苦笑いをして、少年はそっと少女の小さな小さな小指に、自分の小指を絡ませた。

「約束ね!」

 しかし、その数年後──……

 ドレスで着飾った少女の前に、ひとりの青年が片膝をついてこうべを垂れていた。
 黒の制服に身を包み、腰には剣が下げられている。

「メルティア姫様。本日よりあなたにお仕えさせていただく、ジーク・フォン・ランストと申します」

「……え?」

 
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