それは、遠い遠い国の、忘れられた物語。
大陸にひっそりと存在する小国、ファルメリア。
国中に花壇が設置され、色とりどりの花が咲き乱れるファルメリアを、大国の人々はこう呼んだ。
『聖地、ファルメリア』
──聖地、侵すべからず。
精霊の怒りを買いたくなければ。
◆◆◆
「失礼します。ジークです。メルティア様から預かりものが……」
「ジ、ジーク!? ど、どうしたんだ! 帰ってくるなら連絡をしなさいッ」
茶色い重厚な扉の向こうから、いつもの落ち着き払った声とは違うひっくり返った声が聞こえた。
ファルメリア王国の姫、メルティア・P・ファルメリアに仕えるジーク・フォン・ランストは、扉の奥を見透かすように目を細める。
「父上……何か隠し事をされてますね?」
「隠し事など! 人聞きの悪い!」
「入りますよ」
「な……こらジーク! 待ちなさい! ぐぁ!」
派手に物をひっくり返す音と、悲鳴。
ジークは飽きれたようにため息をついて、とっとと扉を開けた。
「何をされてるんですか」
倒れた椅子と、脛を押さえて転がっている自分の父。そして、机の上に置かれていたと思う手紙や資料が派手に床に散らばっている。
ジークは静かに腰を折り、床の散乱物を拾いはじめる。そして、いくつかの手紙の宛名に、自分の名前があることに気づいた。
「……俺に?」
脛を押さえていた父がハッと顔を上げた。
「ジーク。返しなさい」
「……縁談の手紙ですか」
「返せと言っただろうー!」
ざっと目を通したジークは床に転がりながら喚く父に手紙を渡す。
「まったく。縁談なんておまえには必要ないだろう?」
散らばった資料を集めながら言う父の言葉に、ジークは黙って視線を横に流した。
そして、静かに目を閉じると、ゆっくり目を開け父を見る。
「……いえ。そろそろ身を固めようと思っていました」
「おお! そうかそうか! それがいい! おまえももう21だ。メルティア様だって──」
「縁談、お受けします」
ジークの父の、綺麗に後ろになでつけられている銀交じりの髪が、はらりと一筋崩れた。
「……は?」