父親である王に呼び出されたメルティアは、ジークと一緒に父の執務室にきていた。
「おやおやいらっしゃい。ジークもお座り」
「お気遣いありがとうございます。ですがお気になさらず」
王というより、そのへんの気のいいおじさんという表現がぴったりなメルティアの父が、メルティアをふかふかの椅子に座らせため息をつく。
「お父様どうしたの?」
「最近、城の花たちがよく枯れていただろう?」
「うん。今は少し落ち着いてきたけれど……。それがどうかしたの?」
メルティアの父は困ったように金色の眉を下げる。
「どうやら、それが各地で起きているようなんだ。花が咲かない地域もある」
「え!?」
「王族の役目に国中を花で満たすことがあるのは知っているね?」
「うん。定期的に視察団を送ってるよね?」
「その視察団では手に負えないそうなんだよ。いろいろ考えたんだが、花に詳しいティアに見てきてほしいんだ。そこで妖精たちにも話を聞いてもらえるかい?」
申し訳なさそうに眉を下げる父に、メルティアはもちろんだと大きくうなずく。
おそらく本当は早く行ってほしかったが、エルダーの事件があったから言えずにいたのだろう。
「わかった。様子を見てくるね」
「少し遠いけど大丈夫かい?」
「うん。その代わり、お母様にガラスハウスのお世話お願いしてもいいかな?」
「ああ。もちろん。伝えておくよ」
そこでメルティアは「あ」と止まって、うかがうように後ろに控えているジークを見る。
「えっと……」
「もちろん同行しますよ」
「あ、ありがとう!」
メルティアはパッと顔をほころばせる。
すぐに出発は難しいので、一日準備をして明日旅立つことになった。
ファルメリア王国は小さな国であるため、どんなに遠くても馬車で五日あれば十分だ。
今回は細かく休憩を挟んで行くことになったが、それでも三日あればたどり着くらしい。
執務室を出たメルティアはさっそく荷造りをする。
花が咲かないと聞いていたから、花の栄養剤に、種、肥料、一応ガラスハウスから土も持っていくことにした。
「結構な量になりますね」
「ごめんね、ジーク。いっぱい持たせて」
「かまいませんよ。それに、この場所に来る者はほとんどいませんから」
メルティアのガラスハウスに近づく者はいない。
幼いころ多くの噂に晒されていたメルティアのために、安らげる場所としてメルティアの父が特別に建てたものだ。
そのときに、メルティアの許可を得た者か、家族以外が立ち入るのを王が禁止した。
噂が消えた今でも、このガラスハウスはメルティアだけの特別な場所だ。
馬車に積むものを選別し終えたら、メルティアとジークは部屋の前で別れる。
それぞれの荷造りのためだ。
メルティアが部屋に戻ると、チーがふよふよとメルティアの前にやって来た。
「今回行くとこってハルデナだろ?」
「うん。チーくん知ってるの?」
「……まぁね。まさかあの場所に行くかもしれないんだから、本当におもしろいよな」
チーがおかしそうにクスクス笑う。
「変な場所なの?」
「いいや。運命ってのはおもしろいと思ってさ。そうだろ? メル」
問いかけられても意味がわからないメルティアは、ただ首をかしげる。
「チーくんも行く……よね?」
ずっと体調が悪そうだったから無理して連れて行こうとは思わないが、やっぱりチーがいると安心する。
「そりゃあ行くさ。オイラは目付役だからね」
「目付役?」
「そうさ」
「……わたしの?」
チーは「当たり前だろ?」と言いたげにあきれた顔でメルティアを見た。
「そうだったの? だからチーくんはずっと近くにいてくれてたんだ」
妖精はあちこちにいるが、みんな自由なのかいろんな場所へ行ったりしている。
ずっとメルティアと行動しているのはチーだけだ。
「まぁな。それより、ハルデナは今秋だぜ。最近変わった。もう少し暖かい服のほうがいいんじゃないかい?」
「そうなんだ。わかった。ジークにも伝えてくるね」
チーがひらひらと手を振る。
メルティアは部屋を出て前にあるジークの部屋をノックした。
「はい。メルティア様?」
「あ、そのままでいいよ。あのね、ハルデナ今秋みたい。暖かい服がいいってチーくんが」
扉を開けなくていいという意味だったのに、ジークは律儀に扉を開けた。
「そういえば季節が違うんでしたね。ハルデナに行くまでにいくつか街を経由しますが、チーはなんと?」
「うーん。とくに言ってなかったよ。いつも通りかな?」
「変わってるぜ。でもどこも秋だから気にしなくていい」
いつの間にかメルティアの肩にいたチーが答える。
「なんか全部秋みたい」
「……全部同じ季節なのは珍しいですね」
ジークは指先を顎に当てて思案し、しばらくして「わかりました」とうなずく。
「今回兵が何人かついてきますので、季節のことはそれとなく伝えておきますね」
「う、うん。ありがとう」
部屋に戻って服を見繕っていたメルティアは、ふと気づく。
ジークと遠出するのが初めてなことに。
「チーくんどうしよう! ジークとお泊まりだよっ」
メルティアは服を抱きしめながら動揺した。
「さっき他の兵もいるってジーク言ってただろ?」
「で、でも。ジークと一緒に遠くに行ったことないもん」
「言ってて虚しくならないのかい?」
チーの言葉なんて聞かず、メルティアは自分の部屋の本棚を漁った。
前の本を引っ張り出して、奥にこっそり隠してある恋愛指南書を手に取る。
「そんなの効果があると思えないね」
「い、いいの。ジーク、破談になったって言ってたし、もうちょっとだけ頑張ってみるの。そうしたら、もしかしたら」
メルティアは恋愛指南書を祈りを込めてぎゅっとつかむ。
「好きにはなってもらえなくても、結婚相手くらいにはなれるかも……」
「愛のない結婚でいいってことかい?」
「……け、結婚してから好きになってもらうこともできるかもしれないもん」
「ふぅん。まぁ、なんでもいいんじゃないか。メルが納得するなら」
メルティアは恋愛指南書をめいっぱい拝んでから、カバンの奥に詰め込んだ。
ついでに、前にご利益のあったご先祖様のラブレターも詰め込んだ。
ジークが破談になったのはご先祖パワーかもしれないのだ。
「……ふぅん。それ、持ってくのかい?」
「え、う、うん。だめかな?」
「いいや。今回はいろいろ不思議なことが起こると思っただけさ」
「……どういう意味?」
「そのまんま」
チーは妖しく笑ってメルティアの肩に乗る。
チーが適当に濁すときは話す気がないときなのを知っていたから、メルティアも追求はしなかった。