メルティアが問いかけると、ジークはわずかに目を瞠った。
しばらく沈黙して、何かを探すようにメルティアの周りに視線を走らせる。
「妖精たちから聞かれたのですか?」
「チーくんから」
「……そうですか。まぁ、はい。考えていますよ」
メルティアは口から魂が抜けていくのを感じた。
ジークが誰かと結婚する素振りなんてなかった。だって、ジークはいつだってメルティアと一緒にいたのだ。朝メルティアを起こすのはジーク。そして夜寝るまでそばにいるのもジーク。
護衛というより世話役のような存在だ。
数少ない休みの日だって、ジークは城にいたくらいなのに、いったいいつ結婚なんてことになったのだろう。
「ジ、ジーク、好きな人いたんだ……」
わたし以外の、という言葉をメルティアは飲み込んだ。
ジークは黙っていたけれど、こめかみのところがきゅっと引きつったのをメルティアは見た。
ジークが図星をさされたときにする癖だ。
「い、いつ結婚するの?」
「いつと言われましても、まだ決まったわけではありませんので……」
苦笑するジークにメルティアは瞬きをする。
「えっ? そうなの?」
「まだ考えているだけですよ」
「そ、そっか……なんだ。そっか」
「それに、婚姻を結んだとしても騎士は続けますので大丈夫ですよ」
「うん!」
よかったよかったと歩き出したメルティアの目の前に、ふよふよとチーがやってくる。
そしてビシッと、メルティアの前に人差し指を突き出した。
「おいおい、安心してる場合じゃないだろ。ジークはメル以外でいいって言ってるんだぜ」
チーの言葉がメルティアを往復ビンタする。
「た、たしかに」
「しかも結婚するのは決定だ。メル以外と」
今度は胸に刃が刺さる。メルティアは胸を押さえながらチーを見た。
「メル、これは最後のチャンスだ」
メルティアはきゅっと唇を引き結んで、眉根を寄せた。
「本当に、このままでいいのかい?」
いいわけがない。
メルティアは物心ついたときからずっとジーク一筋だ。想いの強さは誰にも負けない自信がある。
「……よくない」
「だろ?」
「うん。頑張ってみる」
胸元で強く拳を握りしめた。
とはいえ、頑張ると言っても何をすればいいのか。
「ねぇ、チーくん」
メルティアが前のめりにチーに話しかけようとすると、背後からわざとらしい咳払いが聞こえた。ハッとして振り返る。困ったように眉を下げて笑うジークがいた。
「……メルティア様、今日はいつもよりも視線が多いので、妖精とのお戯れはほどほどに」
「あ、そ、そうだね。ごめんね」
メルティアはさりげなく背筋を伸ばした。
そしてチラリと周囲に視線を走らせる。すごく変には思われていないようだ。それどころか、貴婦人たちはさっきよりも恋のうわさ話に花を咲かせている。
メルティアには多くの妖精たちが見えるが、普通の人には見えないらしい。
メルティアの家族も、ジークだって見えない。
普通の人には見えないものが見える。
当然不気味だ。だからメルティアのそばにはジークしかいない。
信頼できる者だけをそばに置こうというメルティアの家族の配慮だ。
でもメルティアは、それがよかったことなのかわからない。
ジークがメルティアに仕えるようになってから、ジークとメルティアは幼なじみから主人と従者になってしまった。
昔は「ティア」と、そう呼んでくれていたのに、今は「メルティア様」だ。
何度昔のように話してほしいとお願いしても、それだけは聞き入れてくれなかった。
「メルティア様、お手を」
きゃあっと歓声が響いて、メルティアはいつの間にか前にいたジークを見る。
「隣を歩いていた方が、俺と話しているように思われるでしょう?」
メルティアはきゅっと唇を引き結んだ。
目の奥がじわっと熱くなったから、それを堪えようとした。
ジークに妖精は見えないはずなのに、メルティアが一人で話していても不審そうにしないし、信じてくれる。
そこに妖精がいるのだと。
メルティアは差し出されたジークの手に自分の右手を重ねた。
また歓声が大きくなって、メルティアの心もきゅっと悲鳴をあげる。
メルティアはジーク以外の人なんて考えられない。
ジークがほしい。
ジークと一緒にいたい。
そう思う気持ちが止められない。
「メル、何もしなければ、ジークはメルの元からいなくなるぜ」
チーの囁きがメルティアの夢見がちな心を揺さぶる。
何もしなくても、ジークと一緒にいられる。
だって、約束したんだから。
そうやって黙ってジークの隣にいたことを、メルティアは後悔した。
恋は難しい。
どれだけ好きだと思っても、同じ想いを返してもらえる保証はない。
メルティアは隣を歩いているジークを盗み見る。
ジークの好きな人って、どんな人?
聞けなかったことを心の中で問いかけてみる。
聞けなかったのは、「メルティア様と正反対の人ですよ」なんて言われたらショックで立ち直れなくなるからだ。
「ねぇ、チーくん。わたしって、あんまり可愛くない?」
「メルは可愛いぜ」
「……うそつき」
ならなぜ、ジークは自分を好きになってくれないのか。
「それと言い忘れてたけど、ティアナローズもう咲くぜ」
「えっ! 忘れてた! 急がなきゃっ」
外に出たそもそもの理由をすっかり忘れていた。
「ジーク、もうお花咲くみたい」
メルティアがジークに話しかけると、軽く微笑んで「少しだけ急ぎましょうか」と歩みを速めてくれた。