エルダーがメルティアの騎士になってから数日が過ぎたある日。
いつものようにメルティアたちはガラスハウスで花がらを選別していた。
最近、よく花が枯れるのだ。
それも前触れもなく、目を離した隙に枯れていたりする。
長く花の世話をしてきたメルティアもはじめての経験だった。
「ジーク、ちょっとここお願いしてもいい?」
視線だけでメルティアが何したいの理解したジークは、どこに行くのかを尋ねることもなくうなずいた。
メルティアが立ち上がると、エルダーも立ち上がる。
「メルティア様! どこに行かれるのですか? ご一緒しますよ」
「えっ、だ、大丈夫。すぐそこだから」
メルティアは本当にすぐそこ、蜂の巣のほうを示した。
「ですが、一人で歩かれるのは……」
「う、ううん、大丈夫。ジークと二人のときはよくあったから」
「……そうですか」
しぶしぶうなずいたエルダーにほっと胸をなでおろして、メルティアはガラスハウスを出た。
そして、少し離れた場所でチーを呼ぶ。
「チーくん、お花どうしちゃったかわかる?」
「力尽きてるだけさ」
チーが気だるげに答える。
「寿命ってこと?」
「まぁ、そんなもんさ」
チーはそう言って大きなあくびをした。
「……最近チーくん眠そうだね。大丈夫?」
「ん~。オイラちょっと寝るから何かあったら呼んでくれよ」
「う、うん。わかった」
チーはふわふわと不安定に空を飛んで、そのままパッと消えてしまった。
「だ、大丈夫なのかな」
「何が?」
突然声が聞こえてメルティアは文字通り飛びあがった。
けれども、それが実の兄のディルだと気づくと、ほーっと長い安堵の息を吐きだす。
「チーと話してたの?」
「うん。なんだか最近眠そうなの」
「……今はいないってこと?」
「どこかに行っちゃったよ」
「……」
ディルは目をすがめて、しばらく考えるように顎先に指をあてた。
そして、険しい顔でメルティアを見る。
「ティア、やっぱり騎士はジークだけにしない?」
「え。どうして? ディルにぃが心配しているようなことは何もないよ」
「チーが今不調なら、今までみたいに助けてくれるとは限らないでしょ」
「だ、大丈夫だよ。エルダーいい人だもん」
メルティアはちょっとむっとして言い返す。
だけどディルはやれやれと言いたげに肩をすくめた。
「ティア、今までおかしくなった人全員にそう言ってたから」
「うっ」
正論パンチにメルティアはよろめく。
「それに、僕たちもしばらく城にはいないからね」
メルティアは目を大きく見開いた。
「またどこか行くの?」
「そう。ジークは中?」
ガラスハウスを示したディルにメルティアはうなずく。
すぐにカラスハウスに向かって歩き出したディルをメルティアは慌てて追いかけた。
中に入って、奥に進んだディルは、枯れた花を摘み取るジークの姿を見つけて声をかける。
「ジーク、ちょっといい?」
突然やって来た王子に慌てたのはエルダーだった。
飛び上がるように直立して、お手本のような敬礼をする。
「あぁ、僕のことは気にしなくていいから。で、ジーク。ちょっとこっち」
ディルがジークを手招きした。
ジークはディルと何かアイコンタクトでもしたかのように目を細め、静かに立ち上がってディルのもとに行く。
そして、なにやらぼそぼそと話しはじめる。
会話に入れなかったメルティアは、首をかしげながら花の手入れに戻った。
すると、すぐにエルダーが近くにやってくる。
「メルティア様、メルティア様」
「どうしたの?」
「ディル様はいつもああして突然来られるのですか?」
「ディルにぃ気まぐれだからね」
「心臓に悪いですね……。あ、それとこっちは終わりましたよ」
「わぁ、ありがとう!」
メルティアはエルダーがしてくれた花摘み作業を簡単に確認する。
「うん。問題ないよ。ありがとう!」
「俺もだいぶ板についてきたでしょう?」
「うん! 上手!」
メルティアは小さく拍手しながらにこにことうなずく。
エルダーは目を細めて嬉しそうに笑い、チラッとジークを見た。
メルティアもつられるように見て、ちょうど話が終わったらしいディルと目が合う。
「それじゃあしばらく留守にするから、ティアをよろしく。それとティア」
「なぁに?」
「お土産に欲しいって言ってた変なキノコ……なんだっけ。黒い渦がどうたらってやつ」
「キノノタケ! 黄色くて、黒い点と、青い渦巻きがあるキノコ」
「あぁ、それそれ。ちょっと待って、メモする」
ディルが懐からペンとメモを取り出して、メルティアの言う特徴を書いていく。
ついでにメルティアは「こんな感じみたい」と絵も描き記した。
「うっわ。最高に禍々しいね」
「普通のキノコだもん」
「これは普通じゃないから。まあいいや。見つけたら持って帰ってくるよ」
「うん! よろしくね!」
笑顔でうなずくメルティアの頭を最後にくしゃくしゃと撫で回して、ディルは去っていった。
そのあとも枯れた花の摘み取り作業は続いたが、やっぱり人手が多いから意外と早く終わった。
定期的に蜂蜜も採っているため、とくにやることがない。
「ふぅー。とりあえずひと段落ですかね」
「うん。思ってたより早く終わったよ! ありがとう」
「いえいえ。では休憩にお茶なんていかがですか? なんと、今日はクッキーを焼くそうで、一応予約してきたんですよ」
「え! そうだったの? 詳しいね」
エルダーは顔が広かった。
もともと人懐っこい性格だからなのか、あちこちに知り合いがいる。
王族のメルティアよりも、よっぽどこの城に馴染んでいた。
「では準備してきますね。メルティア様のお部屋のバルコニーでいいですか?」
「うん! ありがとう」
エルダーがいなくなると、とたんに静かになる。
もともと、ジークとメルティアは二人でいてもずっとお喋りをしているわけではない。
だけど、エルダーとの雰囲気に慣れはじめていたメルティアは、沈黙に少しだけそわそわした。
「戻りましょうか」
「う、うん、そうだね」
当たり前だった二人きりが当たり前ではなくなると、妙にドキドキする。
しかも今はチーもいないため、正真正銘二人きりだ。
ふいに、エルダーの言葉がよみがえった。
『騎士の頂点と最愛の人で最愛の人を選んだってことですよ。騎士の鏡ですね~』
そんなわけないと思うのに、少しだけ期待が込みあげてくる。
「あ、あの、ジーク」
「どうしました?」
「じ、ジークは、どうしてわたしの騎士になってくれたの?」
「……」
ジークはしばらく沈黙を貫いていたが、メルティアが引かないとわかるとため息をついて視線を横に流した。
「あなたが、いつも泣いていらっしゃったからですよ」