次の日、エルダーと街へ買い出しに来ていたメルティアは、歩きながらさりげなくエルダーに聞いてみた。
好きな人を諦めるときとは、どんなときかと。
「さぁー。多くの場合はすでに恋人がいるとかですかね」
「な、なるほど」
メルティアもそれでジークを応援しようと決めたから納得だ。
「でもどうして急にそんなことを?」
「前に言ったジークの好きな人って、違う人だったみたいなの。本当の好きな人のことは諦めているみたい」
「……へぇ。でも恋人がいるから諦めているなら、メルティア様ではないですね」
「うっ」
突然の刃によろめく。
「メルティア様、恋人いませんし」
「い、いないけど……。やっぱり、わたしじゃないよね」
「しばらく見てましたけど違うと思いますね。好きならもっとこう、特別扱いをするとか、スキンシップをするとか、甘やかすとか、あるじゃないですか。ジーク、ずっとお堅い敬語ですし」
全部メルティアも思っていたことだから何も言えなかった。
もしもジークの想い人がメルティアなら、もっとわかりやすくてもいいはずなのだ。
「誰なんだろう……ジークの好きな人……」
可愛らしい人と言っていたはずだ。
ジークの思う可愛らしいがどんなのかメルティアにはさっぱりわからなかった。
「まぁいいじゃないですか。ジークのことなんて」
「き、気になるもん」
ジークが失恋しているのならチャンスかもしれないのだから。
昔読んだ恋愛指南書には失恋時を狙えと書いてあった。
そのときはもっとメロメロにするテクニックを! と思っていたが、まさか役立ちそうなときが来るとは。
「……メルティア様、本当にジークのことばっかりですね」
声のトーンから陽気さがなくなった気がして、メルティアは息を潜めながらそっとエルダーを見る。
目が合うと、エルダーはにこにこと笑った。気のせいだったらしい。
「メルティア様、他に買うものはありますか?」
「うーん。とくにないかな?」
「でしたら、寄り道しませんか?」
「寄り道?」
「はい! 街を外れた先に、綺麗な花畑があるんですよ」
「え! そうなの?」
メルティアはあまり寄り道をしたことがなかった。
ジークと買い物に来たときも目当ての物を買ったらすぐに帰っていたし、一緒に遊ぶような友人もいない。
なにより、家族から人があまりいないところへ行ってはいけないと、きつく言われているのだ。
「そのお花畑って遠いの?」
「少し歩きますね」
「……ごめんね、あんまり寄り道しちゃだめって言われているの」
「そうおっしゃらず。メルティア様の探していたキノコもあるんですよ!」
それを聞いたメルティアは目を丸くする。
たしかにディルとキノコの話をしていたが、エルダーが気にとめてくれているとは思わなかったのだ。
「キノノタケのこと? 覚えてくれてたの?」
「もちろん覚えていますよ。メルティア様が探しているとおっしゃられていましたし」
嬉しくなってメルティアの口元がゆるんでいく。
そしてどうしようか迷った。
少しくらいならいいのではないか、という気持ちと、言いつけは守らないとという気持ちが拮抗する。
そしてメルティアは、その中間を取った。
「じゃ、じゃあ、ジークもいるときにしよう?」
そう口にした瞬間、エルダーの顔が不快そうに歪んだ。
眉間に皺をよせ、不満をあらわにしている。
いつもニコニコしている顔ばかり見ていたメルティアは驚いて固まった。
「メルティア様、本当にジークばかりですね。俺だって、あなたの騎士です。どうしてあいつばかり贔屓するのですか」
メルティアはびっくりして言葉をなくす。
そんなつもりはなかったけれど、たしかにメルティアが一番に頼るのはジークだ。
今の言い分も、ジークがいるならいいという風に聞こえてしまったのかもしれない。
「ご、ごめんね。そんなつもりじゃなくて……」
重苦しい空気にメルティアは動揺する。
いつか行くのなら、ジークがいるときに行っても、いないときに行っても同じかもしれない。
それに、ジーク以外にも頼れる人が欲しくて騎士を増やしたのに、結局ジークに頼ってしまうのなら意味がない。
「や、やっぱり行こう!」
エルダーの顔がパッとほころんだ。
嬉しそうにとろりと瞳をとろけさせる。
「それじゃあ行きましょう。こっちですよ!」
エルダーに手を引かれて、メルティアは街の裏道に足を踏み出した。
どこをどう曲がったのかわからないくらい入りくねった道を抜けると、ぱっと目の前が開けた。
「わぁ! すごい!」
全部を見渡せないくらい一面に咲き誇る花。
背伸びをしても終わりが見えない。
右を見ても花。左を見ても花。
メルティアはすぐに駆け出して、地面に咲く花を確かめる。
「わ、かわいい。色も綺麗。ツヤツヤしてる」
「すごいでしょう?」
「うん!」
「メルティア様の言っていたキノコはこっちですよ!」
エルダーの後についていく。大きな木が一本だけ生えていて、その根元にキノノタケは生えていた。
「本当に生えてる……」
「え。まさか疑ってたんですか? ひどいなぁ」
「う、ううん。そうじゃないけど、珍しいって聞いてたから」
チーが「そのうち生えてくるかもしれないけど、今はない」と言っていたキノコだ。
最近生えてきたということだろうか。
普通に採っていいキノコなのかわからなくて、メルティアはチーに聞こうとする。
が、チーはまだ不調なのか姿が見当たらない。
「メルティア様? 何か探しています?」
「え? ううん。なんでもないの」
「ジークのこと探してました?」
「え!? ち、違うよ。綺麗なお花だなぁって」
「……嘘つきですね、メルティア様は」
エルダーが冷たく目を細めた気がして、メルティアは硬直する。
『ティア、今までおかしくなった人全員にそう言ってたから』
不意にディルの言葉がよみがえった。
おかしくなっている? そんなはずはない。だって、さっきまで普通にお喋りをしていた。
大丈夫。今と昔は違うはず。
『また同じことが起きるかもって、どうして考えられない』
ジークの追及するような厳しい声が聞こえた気がした。
心臓の音が緊張で速くなっていく。
「見てください、このお花。メルティア様みたい」
可愛らしいピンクの小さな花を示してエルダーが笑う。
「メルティア様最近枯れる花を見ることが多くて、寂しそうでしたでしょう?」
「え?」
「一面に綺麗に咲く花を見たら、少しは元気になるかなと思いまして」
それを聞いてメルティアはやわらかに笑みをこぼす。
やっぱり、いい人だ。
ジークたちにいろいろ言われたからって、変に疑うのはよくない。
主従関係は信頼が大事なのだから。
「ここで少し休憩にしましょうか。一応お茶を用意してもらって来たんですよ。時間があったら来ようと思って」
「そうだったの? ありがとう!」
エルダーが自分の騎士服を脱いで、地面に敷いてくれた。
慣れているからいいと断ったが、頑として譲らないエルダーにメルティアが折れた。
そしてエルダーがお茶を注いでいる間に、メルティアはこっそりチーを呼ぶ。
なかなか来ないから寝ているらしい。
やっぱり、まだ体調は良くないようだ。
「メルティア様? お茶入りましたよ」
「わ、すごい! ありがとう!」
カップの中に、黄色の花が咲いていた。
どうやら花茶にしてくれたらしい。
目で楽しんで、鼻いっぱいに香りを吸い込んでから、メルティアはゆっくりカップに口をつける。
と、そこに眠そうに目をこするチーがやってきた。
「メル、どうしたんだい? って、おい! それを飲むな!」
チーの怒鳴り声と、突然の爆風。
驚いた拍子にメルティアはお茶を飲み込んでしまった。
そして、すぐにカップが手から滑り落ちる。
「う……な、に?」
力が上手く入らなくて、その場に崩れ落ちるようにして倒れ込んだ。
倒れたメルティアの前に、険しい顔をしたチーがやってくる。
「…………痺れ薬だよ」
チーの声が、冷たくその場に響いた。